「氷室冴子とその時代」嵯峨景子著

公開日: 更新日:

「氷室冴子とその時代」嵯峨景子著

 1980年代、氷室冴子は人気少女小説家として世に知られるようになった。「クララ白書」「なんて素敵にジャパネスク」「雑居時代」など、その時代を生きる等身大の女の子の世界をコメディー路線で描き、多くの読者を獲得。集英社コバルト文庫を中心に活躍し、それ以降の少女小説ブームを牽引した。

 しかし、氷室はその成功に安住しなかった。学生時代から古典や近代文学を学び、少女マンガからも多大な影響を受けていた氷室は、書き手としての幅を広げていく。エッセー、古代を舞台にしたファンタジー、大人の恋愛小説と、新しい挑戦を続けた。少女小説家というレッテルから抜け出したかった。

 北海道の名門女子大を卒業後、就職せずに、貧乏に耐えながら小説家を目指した。書くことで生活する道を選んだ氷室は、商業作家として筋金が入っている。鋭い時代感覚を持ち、書きたいテーマに合わせて文体や作風を変えた。ヒットした旧作を時代に合わせて自らリライトし、アップデートも図った。

 この人が年を重ねたら、作家としてもっと大きく羽ばたいていたかもしれない。しかし、残念なことに、2008年、氷室は肺がんのため51歳で永眠した。

 著者は氷室作品の愛読者で、少女小説の研究者。氷室作品が読み継がれることを願って、このノンフィクションを書いたという。熱のこもった作品解説を読むと、作家・氷室冴子の世界が広がる。同時に、ペン1本で力のかぎり生きた1人の女性の姿が浮かび上がってくる。「女は結婚して子どもを産んで一人前」という古い価値観を持つ実母との深刻な確執。少女小説を低く見る編集者や評論家への怒りや苛立ち。それらと闘いながら書くことで自由と自立を目指した。

 がん闘病のさなかに、今でいう「終活」を実践。葬儀後、友人知人に、生前の交流に感謝する自筆のハガキが届いたという。

(河出書房新社 2640円)

【連載】ノンフィクションが面白い

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人エース戸郷翔征の不振を招いた“真犯人”の実名…評論家のOB元投手コーチがバッサリ

  2. 2

    「備蓄米ブーム」が完全終了…“進次郎効果”も消滅で、店頭では大量の在庫のお寒い現状

  3. 3

    小芝風花&森川葵はナゼ外れた? 来秋朝ドラ「ばけばけ」ヒロインを髙石あかりが射止めた舞台裏

  4. 4

    オレが立浪和義にコンプレックスを抱いた深層…現役時代は一度も食事したことがなかった

  5. 5

    参政党のあきれるデタラメのゴマカシ連発…本名公表のさや氏も改憲草案ではアウトだった

  1. 6

    阿部巨人が今オフFA補強で狙うは…“複数年蹴った”中日・柳裕也と、あのオンカジ選手

  2. 7

    さや氏の過去と素顔が次々と…音楽家の夫、同志の女優、参政党シンボルの“裏の顔”

  3. 8

    参政党さや氏にドロドロ略奪婚報道の洗礼…同じく芸能界出身の三原じゅん子議員と“お騒がせ”な共通点が

  4. 9

    ドジャース大谷翔平「絶対的な発言力」でMLB球宴どころかオリンピックまで変える勢い

  5. 10

    自民党を待ち受ける大混乱…石破首相は“針のムシロ”のはずが、SNSでは〈#やめるな〉が急拡大