著者のコラム一覧
一雫ライオン作家

1973年、東京都出身。明治大学政治経済学部2部中退。俳優としての活動を経て、演劇ユニット「東京深夜舞台」を結成後、脚本家に。数多くの作品の脚本を担当後、2017年に「ダー・天使」で小説家デビュー。21年に刊行した「二人の嘘」が話題となりベストセラーに。著書に「スノーマン」「流氷の果て」などがある。

(1)麻布署管内で女性が死んでいる

公開日: 更新日:

 東京。六本木。

 警視庁麻布警察署、刑事課強行犯捜査二係の刑事、庄子敬之は署内にある通称「リモコン」で、パイプ椅子に座って両足を投げ出していた。「リモコン」とは簡単にいえば通信指令室だ。麻布署が管轄する六本木、西麻布──その区域で問題が発生するとここに無線が入る。二〇二四年六月六日、午前二時。宿直の庄子は目を閉じ、呟いた。

「暑い」

 おなじくリモコン部屋にいる若手刑事が、庄子を見て笑う。

「庄子警部補、足、揺れてますよ」

「うるせえ」

 投げ出した足が貧乏ゆすりしている原因は煙草だ。麻布署も署内禁煙になって久しい。

「煙草は吸えない、おまけにこの暑さ。夜中に三十三℃だぞ、信じられるか? この歳で宿直する身になってみろ。きついぞ。昭和の六月はもう少し……」

 五十歳になった庄子が愚痴る。

「とか言いながら、警部補が見た目と違って真面目なのは知っていますよ。こうやって宿直の時は、いつもリモコンか課にきちんと詰めているんですから」

 見た目と違ってとは心外な、と思いながら、身長が百八十センチを超えている庄子は視線だけを送った。

「……うるせえ。駄目だ、外に煙草吸いに行ってくる。なにかあったら」

 その時だった。無線のがー、がーという機械音が部屋に響いた。

〈六本木六丁目××の路上で、若い女性が腹部を刺された状態で倒れているとの通報あり……〉。

 庄子の顔が変化した。

「……無線聞いてろ」

「はい」

 急いで庄子は強行犯捜査二係へと戻る。課にいる五人の刑事がそれぞれ作業を止め、流れる無線に集中していた。それは先ほどのリモコンと違い、警視庁通信指令本部から直接指示される「基幹系」と呼ばれる無線だった。基幹系の無線が詳細を語る。

〈麻布署管内で「人が死んでいる」との一一〇番通報あり。場所、六本木六丁目××。なお、通報者によれば〉。

 無線に集中していた庄子を除く捜査二係の刑事たちが、次の言葉を聞いて同時に視線を合わせた。

〈──通報者によれば、道で死亡している女性は矢島紗矢さんではないかとの証言があり……繰り返す。道で死亡しているのは〉。

 刑事たちが一斉に庄子を見る。庄子ですら、その名に覚えがあった。

「……矢島紗矢って」

「有名な女子アナです。入社二年目で朝のニュース番組の司会をやっている……いまいちばん人気がある子ですよ」

「局はどこだ」

「東都テレビです」

「……まずいな」

 東都テレビといえば民放のキー局だ。無線の情報が事実なら、おおきな騒ぎになるのは確実だ。庄子は唇を噛み、舌を打った。廊下には鑑識係と機動捜査隊の警察官たちが、おなじ無線を聞き、歩を早めている。

「一緒に来い」

 三十代の刑事が庄子の横に駆け寄る。庄子は二係に残らせる刑事のひとりに言った。

「……林檎を叩き起こせ。いますぐ現場に来いと」

「わかりました」

 庄子は非番の、強行犯捜査二係の女性刑事、一之瀬林檎を呼ぶように指示した。

 (つづく)

【連載】十二の眼

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