(27)介護、家の管理、相次ぐ出資…すべてが私一人の肩に
年が明けてすぐ、実家で父がひっそりと亡くなっているのが見つかった。まさかの出来事だった。私は仕事の手を止めて東京から急ぎ実家に向かい、喪主を務めなければならなくなった。自分の生活がすべて止まった。
母の主治医から、当面父の死は伝えないようにと告げられた。症状に与える影響が大きいと判断されたからだ。皮肉にも、父の葬儀を終えると、母の介護度を知らせる通知が届いていた。この頃、母の認知機能がかなり下がってきたと病院のケースワーカーから連絡を受けていた。コロナ禍のいきなりの入院で、本人にも理由がよく理解できていなかったことに加え、知る人が周囲にまったくいない。私でもすぐに気持ちがおかしくなってしまうだろう。
そんなさなかの父の「孤独死」と、それを母に黙っていなければならないという重圧。私は急に、認知症の母と父の不在、そして空き家になってしまった実家を抱えるという、とんでもなく重い立場になってしまったのだ。
日中は施設、寝るときだけ実家に帰るという父ありきの母の介護計画はあっさり崩れてしまった。しかも、母の要介護度は2。歩行や立ち上がりに手助けが必要だが、食事や排泄などの基本的な生活は自分でできるとされる状態だ。そのため重度の介護が必要とは認められず、特別養護老人ホームへの入所はできない。新たな介護方針を検討するしかなくなった。