「わたしがナチスに首をはねられるまで」ミリアム・ルロワ著 村松潔訳

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「わたしがナチスに首をはねられるまで」ミリアム・ルロワ著 村松潔訳

 歴史や評伝を書く際には、「歴史其儘」(森鴎外)に史実に沿って書いていくのが当然であるが、その史実があまりに断片的で少ない場合にはある程度の「歴史離れ」が必要となる。ナチスに斬首されたある女性の足跡を追う本書は、可能な限り史実に肉薄しながらも、どうしても埋められない空隙を想像力で補ったフィクションである。

 2020年12月、著者はベルギーのブリュッセル郊外の第2次大戦戦没者が安置されている墓地で、ほとんどが男性名の中に唯一の女性名を見いだす。しかもその名前の下には“斬首された”という文字が刻まれていた。女性の名前はマリーナ・シャフロフ=マルターエフ。あるブロガーの記事によれば、彼女はナチス・ドイツがベルギー、ソ連に侵攻したことに強い抵抗を示し、進駐していたドイツ人武官をナイフで刺し、その後占領軍司令部に自首し、その際にも武官をナイフで刺すという行為におよび、ヒトラーの命令で斬首刑に処せられた。戦後、マリーナは“ベルギーのジャンヌ・ダルク”として一部の人の記憶に残っていた。

 ところが、マリーナの次男が、母親は世間が言う女戦士などではなく、実際のドイツ武官を刺したのは父親で、マリーナはそれをかばって自首したのだと公の場で発言した。これによって、いくつかの資料や証言を集めて自分なりのマリーナ像を描いてきた著者は大きな壁にぶち当たる。果たして、実際のマリーナは息子の言うような平凡な主婦に過ぎなかったのか? それとも、幼い息子にはうかがい知れない何らかの動機がマリーナの心には宿っていたのか?

 マリーナの足跡を追うのと並行して、二人称で自分に問いかけながら、この本を書くに至った経緯や、事実が明らかになるにつれて揺れ動く自らの思いが書かれていく。フィクションでしか到達できない、歴史の「真実」に肉薄しようという強い意志が感じられる。 〈狸〉

(新潮社 2530円)

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