「女の顔をした中世」J・ハーメルス、A・バルディン、C・ドゥラメイユール編 青谷秀紀訳
「女の顔をした中世」J・ハーメルス、A・バルディン、C・ドゥラメイユール編 青谷秀紀訳
ホイジンガの「中世の秋」(1919年)は、従来の「暗黒の中世」というイメージを覆し、中世後期の時代を「熟し切った果実をたわわに実らせた樹木」に例え、中世文化に新たな光を与えた。本書は、ホイジンガと同じネーデルラントを舞台に中世の女性たちの姿を描いている。
中世ヨーロッパに限らず、近代以前の歴史書や日記、随筆などの書き手の多くは男性で、当時の女性が具体的にどのような人生を送っていたのかを知る史料は乏しい。本書は、裁判において専門の裁判官と共に裁判の裁定に関わった参審人(司法的権限を有する都市住民)が記録した膨大な「参審人登録簿」を活用して、これまで知られることのなかった中世期の女性のさまざまな様態を描き出している。
例えば、ある女性が浮気している夫が家賃を払わないと訴えた。夫の言い分は、妻は女商人として自分の収入を得ているのだからその必要はないと。しかし法廷はこの浮気男に家賃を支払うように判決を下す。ここには、家父長制の家庭という桎梏にとらわれて不自由を強いられる女性というステレオタイプを打ち破る、凜とした女性の姿がある。現在のベルギー、オランダ、ルクセンブルク、北フランスなどを含む「ネーデルラント」は、南欧に比べて比較的女性の権利が保証されていた地域ということもあり、積極的に投資して自らの財産を保全したり、新しいビジネスに乗り出す活動的な女性が多かった。
とはいえ、多くの女性は、両親や教会の保守的な束縛のもと不自由を託ち望まない結婚を強いられていた。また誘拐されて暴力的に夫婦関係を結ばれる事例も少なくない。それでも誘拐を口実にして好きな男性と結ばれようとするしたたかな女性もいる。女性も生きていくために多様な策略を講じるのは当然で、昔の女性=おとなしく男に従うという固定観念を痛快にひっくり返してくれる。 <狸>
(八坂書房4950円)