「マウントウィーゼルを知ってるか」篠谷巧著
「マウントウィーゼルを知ってるか」篠谷巧著
学生時代から数十年、さまざまな小説を読んできたが、自分はこの現実世界における「半分存在しないもの」を扱った作品が好きなのだなと最近分かってきた。例えば漢字自体はパソコンなどでも出るのに読み仮名が存在しない、通称幽霊文字の「暃」を巡る詠坂雄二の長編ミステリー「5A73」や、ゲームの攻略本という見た目と内容なのに、肝心の取り上げられているゲームはこの世界に存在してないというコンセプトイラスト集「遺失物統轄機構」など。あるのにない、ないのにある。この不思議な感覚に自分は吸い込まれる傾向にあるようだ。
本書のメインテーマになっている「リリアン・ヴァージニア・マウントウィーゼル」はアメリカ生まれの男性の写真家。1975年版の新コロンビア百科事典に載っている人物だ。さぞ写真界ではかなりの大物なのかと思いきや実はこの項目、事典が盗用されたときに判断がつくようにわざと入れられた架空の記事なのだ。つまり彼も「あるけどない」の存在と言えるだろう。
この物語の主人公、坂本杏奈は大学時代は軽音楽部でバンドを組みそれなりに打ち込んでいたのだが、その熱も冷め、卒業してからは平凡な社会人生活を送っていた。
そんな杏奈の元に、軽音楽部の先輩、牧野千聖が服毒自殺を図ったという知らせが届く。幸い一命を取り留めたものの杏奈が見舞いに行くと、千聖は記憶喪失のような状態になっていた。果たして千聖はなぜこんな状態になってしまったのか。
杏奈は大学時代に千聖から「リリアン・ヴァージニア・マウントウィーゼルって、聞いたことある?」と尋ねられたことを思い出し、千聖がなぜ自殺を図ったのか、そして彼女の正気を取り戻すためにはどうしたらいいのか動き始めていく。
するといないはずのマウントウィーゼルは実在すると信じる人々が杏奈の前に現れ……この続きはぜひ本書を読んでいただきたい。思いがけない幻想的な展開が待っている。
久しぶりに心に残り続ける長編SF小説を読んだ。そしてやはりこの現実世界で「半分存在してるもの」の魅力は凄いなと改めて感じた。
私も最近、人と会ったらこの質問を投げかけている。マウントウィーゼルを知ってるか。
(祥伝社 1870円)



















