「三菱銀行強盗事件」をモデルにした長編小説 「異常に非ず」桜木紫乃氏
「異常に非ず」桜木紫乃著
昭和54年、阪央銀行北畠支店に猟銃を持った男・花川清史がたてこもった。彼は人質4人を射殺し籠城した末に、狙撃隊に撃たれて死んだ。彼の30年の人生は、なぜこんな結末に至ったのか。手がかりをつかむべく、毎報新聞の記者である海原将志は、息子の遺骨を故郷に持ち帰る途上の清史の母親・カヨへの接触を試みる──。
「小説のモデルになった事件当時から、犯人の母親の行動が気になっていました。彼女は、息子の説得のために母親を迎えに来たヘリコプターを2時間待たせて、美容院で髪をセットしていた。なにを思っていたんだろうって。大阪毎日新聞社会部のルポ『破滅 梅川昭美の三十年』を読み、その後映画も見ましたが、改めてあのお母さんを知りたくなって。フィクションで書けば、わかるのではないかと思ったんです」
本書は、実際に起きた「三菱銀行強盗事件」をモデルにした長編小説。15歳で強盗殺人を犯し、30歳で銀行を襲って4人の命を奪った清史とその母・カヨの姿を、新聞記者の将志と上司の近藤勝也、清史の元交際相手の時任亜紀の視点から描いている。
カヨが清史を説得するために差し入れた手紙はひらがなばかり。普段の生活でもカヨは言葉少なで、感情を表現しなかった。だからこそ周囲との関わりが彼女の像を浮かび上がらせる。清史と別れた後もカヨを慕う亜紀の姿からは、実の娘のように亜紀をいとおしんだカヨが見える。一方清史と同い年の将志は、清史と自分の共通点に気づきつつ、事件以前の母子関係を解き明かしていく。
「私自身子育てを経験しましたが、元々母親というのは、ああだったらどうしよう、こうだったらどうしようといつも悪い想像ばかりするものです。清史が骨になって手元に戻ってきてやっと、ほっとした顔をみせたカヨが、特別変わった人だとは思えなかった。その内面は今の時代のお母さんと大きく変わらないと思います」
なお今回小説化にあたって著者の背を押したのは、文章の師でもあった元毎日新聞記者の近藤勝重氏だった。かつて著者が近藤氏からじかに聞いた現場の話が、本作にも反映されており、彼が将志の上司の近藤のモデルともなっている。
本作の完成を楽しみにしていた近藤氏だったが、取材のため著者が大阪に入ったその日に彼の訃報が入り著者は衝撃を受けた。タイトルにもある「異常」という言葉は、近藤氏が口にしていた言葉でもあった。
「近藤さんはよく『異常という言葉を安易に使うな』と言っていました。事件を起こした男にも、彼の中にはそうするしかない理由が育ってしまった。異常というのは、他人をジャッジする言葉です。息子を説得する前に髪をセットする母や、犯罪者と付き合う女。誰もが人から見たら異質な何かを抱えて、不安にかられながら生きていると思うんですよ」
昭和23年生まれの清史はベビーブーマー世代。生まれた時から競争があり、誰もが焦りにかられた時代でもあった。
「あの時代を必死に生きたお母さんは、息子に我慢する自分しか見せられなかったのかもしれない。私たちが知り得たニュースの裏に何があったのか。私なりの仮説を立ててみました」 (新潮社 2750円)
▽桜木紫乃(さくらぎ・しの) 1965年北海道生まれ。2002年に「雪虫」でオール讀物新人賞、13年に「ラブレス」で島清恋愛文学賞、「ホテルローヤル」で直木賞、20年に「家族じまい」で中央公論文芸賞を受賞。他に「ヒロイン」「人生劇場」「情熱」など著書多数。



















