(2)兄上は江戸に行きたかったのでしょう
一弥は「そうでしょうな」と曖昧に返す。江戸参勤に同行せず盛岡に残っていた一弥に、殿様の江戸でのご苦労などわかるはずもない。
本来、大名家の嫡子は徳川幕府の人質の意味もあって江戸藩邸で生まれ育つものだが、当代は国許の側室が産んだ若君だった。ゆえに、盛岡生まれ盛岡育ちの藩主…
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