『「家で幸せに看取られる」ための55のヒント』山中光茂著/九十九シンシャ(選者:稲垣えみ子)
どんな条件下でも「理想の最期」は可能だと断言する
『「家で幸せに看取られる」ための55のヒント』山中光茂著
先日、89歳1人暮らしの父が廊下で倒れているところを発見して救急搬送、手術、リハビリ……という怒涛の日々である。詳細省くが苦しい日々だ。何が苦しいかといえば、父の入院は1カ月以上に及びいまだ退院のメドもないことそのものではなく、老人が現代日本における医療の当然の流れに乗った先にたどり着く未来に対する恐怖である。最後まで自立して人生を全うしたいとずっと頑張ってきた父が、その真逆の結果、すなわち「治療」と「管理」の結果命は永らえ、だが同時に体や脳や心はどんどんリズムを崩し父が父でなくなっていくという今ここにある危機である。いうまでもなく、そこには誰かの悪意など全く介在していない。全ての関係者が一生懸命やった結果がそうなのである。それだけに恐ろしいのである。
というわけで、ここからどうにかして脱出する手段を求めてにわかに終末期医療の本を読みあさった結果、目指すは「在宅死」と考えるに至った。老いれば誰しも病んだり転んだりするわけで、そうなればほとんどの人が自宅を離れて「治療」のレールに乗る。むろん治療の結果元気になれば何の問題もないが、高齢者にはそれがひどく難しい。病巣は取り除かれても長い入院生活で歩けなくなったり認知症になったりする。すなわち、超高齢者が倒れた時に必要なのは治療や延命ではなく、痛みや苦しみの除去かもしれない。治療一択は危険である。だから病院というアウェーからクッションを置いたホーム、すなわち自宅で、本人や家族が落ち着いて「望ましい最後」を探り続ける覚悟を持つしかないのではないか。
とはいえ、多くの人が在宅死が理想と思いながらも病院に頼ってしまうのは、結局「在宅で看取るなんて無理」と思っているからで、具体的には介護や緊急時にかかる家族の精神的・物理的・金銭的負担を恐れているのである。私もそうである。だがこの本は、お金がなくても独居でも病状が重くても心から満足できる最期を自宅で迎えられると断言する。著者は1000人以上を看取った在宅診療医。一体どうしたらそんな夢みたいなことが可能なのかと思って読んだが、読後の今、きっとやればできないわけじゃないと行動を開始しようとしているところだ。実に現代における「平穏死」は戦わねば手に入らない。しかし戦う価値はめちゃくちゃあるように思う。
★★★



















