平野悠
著者のコラム一覧
平野悠「ロフト」創業者

1944年8月10日、東京都生まれ。71年の「烏山ロフト」を皮切りに西荻、荻窪、下北沢、新宿にロフトをオープン。95年に世界初のトークライブ「ロフトプラスワン」を創設した。6月、ピースボート世界一周航海で経験した「身も心も焦がすような恋」(平野氏)を描いた「セルロイドの海」(世界書院)を刊行。作家デビューを果たした。

北島三郎は「ロックの時代が到来する」ことを予測していた

公開日: 更新日:

 ロフトの関係者は、彼女を「ジュンペイ」と呼んでいた。1977年に「シンプル・ラブ」をヒットさせた大橋純子である。「たそがれマイ・ラブ」「シルエット・ロマンス」のヒット曲でも知られる彼女は、75年にオープンした下北沢ロフトをライブ活動の拠点としていた。彼女は本当に歌がうまく、真のプロシンガーだった。バックバンドの「美乃家セントラル・ステイション」には、82年に「すみれ September Love」をヒットさせた一風堂のリーダー土屋昌巳がいた。70年代後半の某月某日。ジュンペイのマネジャーが話し掛けてきた。

  ◇  ◇  ◇

「平野さん、このほど大橋純子が北島音楽事務所に所属することになりました。これからもロフトさんにはお世話になるわけですし、ぜひ平野さんにご挨拶させていただきたく、事務所までご足労をいただけないでしょうか、と言っております」

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新の芸能記事

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    原監督は思考停止か…巨人崖っぷち3連敗招いた不可解采配

  2. 2

    菅野vs千賀なら欲しいのは…メジャーがつける“値段の差”

  3. 3

    稀勢の里は「激励」止まりも…白鵬と鶴竜が「注意」の理由

  4. 4

    巨人痛感ソフトとの差…“ヤケっぱち”補強で虎ボーアに照準

  5. 5

    “桜疑惑”突然の捜査…安倍応援団「菅首相裏切り」への疑心

  6. 6

    原監督が「巨人不利」でも日本S全戦DHを受け入れた胸算用

  7. 7

    小池都知事のご乱心 焦りが透けた支離滅裂のイライラ会見

  8. 8

    大阪府コロナ死の8割超は重症者にあらず 衝撃の調査結果!

  9. 9

    巨人ぶざまな日本S敗退でコーチ粛清…元木&宮本“詰め腹”も

  10. 10

    桑子真帆フリー転身は「嘘八百」紅白と“生涯年収”が裏付け

もっと見る