芥川賞・李琴峰さん 作家になるチャンスを掴んだ瞬間を職場の社員食堂で聞いてビックリ

公開日: 更新日:

 7月に「彼岸花が咲く島」で芥川賞を受賞した台湾出身の作家、李琴峰さんに本紙インタビュー企画「その瞬間」に登場していただいた。日本語で初めて書いた小説を新人賞に応募。作家になるチャンスを掴んだその瞬間は会社の社員食堂で知ったという。語られなかった次作について聞くと……。

 ◇  ◇  ◇

 ――台湾での暮らしの中で日本語を覚えた理由は何だったのでしょうか。

 日本は台湾との深い関係もありますし、子供の頃から日本のアニメで日本語は身近にあったんですね。他にも印象深いのは、例えばポテトチップスのプリングルズのパッケージ。説明が中国語の他いろいろな言語で書かれていて、韓国語、タイ語はまったくわからなかったけど、日本語は漢字を使っているから、何となくわかりました。暗号を解読するみたいで楽しかったです。カタカナやひらがなはわからなかったけど、見ていて気持ちよかった(笑い)。世界で漢字を使っている言語が中国語と日本語だけですし、好きになりました。

 日本語を勉強し始めたのは14歳か15歳の時。なぜかわからないけどある日突然「日本語を勉強してみよう」と決めました。最初は本を読んで単語を覚えたりと、趣味でした。日本語は文法をまとめた活用表を見ると覚えられる言語だから、活用表を持って先生に「面白いの意向形は、面白かろうになるんですよね?」と質問したり。先生は「なんでそんな日本語知ってるの?」と(笑い)。

■電車の中で「死ぬ」という言葉が降ってきて

 ――2013年に来日し、3年後の16年、26歳の時に日本語で小説を書き始める経緯は?

 中学の頃から、中国語で小説を書き始めていましたが、日本語の勉強とはまったく別の趣味だったんです。でも、文章力や表現力を高めたい欲望というか向上心が、やがて日本語でも生まれました。とはいえ、日本語で小説を書くのは大変ですよね。

 きっかけは偶然だったんです。前年に大学院を卒業し、就職して会社員として働き始めました。ある日の通勤電車の中でふと「死ぬ」という日本語が自分に降ってきたんです。「死ぬ」という言葉について考えていくうちに、この一言は小説の始まりにできそうだなと感じました。日本で暮らしていたから、日本語で降ってきたのだと思います。だから日本語で書いてみようと。それがデビュー作の「独り舞」です。書き出しは「死ぬ」という一言。

行ったことのないところに出かけていろんな風景を見たい

 ―――その作品で純文学誌「群像」の新人文学賞の最終選考に残ったと知らせを聞いた瞬間が、一番の出来事というのはなぜですか。

 ターニングポイントでもあるし、鮮明に記憶に残った瞬間でもあるからです。「独り舞」は書かずにはいられない小説でしたが、書いたからには何かに応募したいと思い、締め切りが近い「群像」に出してみました。

 応募したことはすぐ忘れてしまったんです。2月のある日の夕方、一人で社員食堂で食事して夜の残業に備えていた時に電話がかかってきて、知らない番号だから「またカードの勧誘か」と思いました。「講談社ですけど、最終候補に残りました」と言われ、2016作の応募から最終候補の4作に選ばれたと。まったく予想してなかったから、社食でビックリしていました。

 受賞作発表までの1カ月半はすごく緊張して過ごしました。小説を書き始めた中学生から作家になるのは夢でしたから。作家になれるかどうかはここにかかっているとわかっていましたし。結局当選作はナシでしたが、私は優秀作に選ばれ、その時はすごくうれしかったです。

 ――先月は、芥川賞に2度目の候補で受賞。その瞬間はいかがでしたか。

 デビューからの4年の間に受賞できたことはいいタイミングと思っています。最初の候補作を好きと言ってくださる読者の方も大勢いてくれましたけど、自分では「受賞はしないだろうな」と思ってました。「彼岸花が咲く島」では自分でも手応えがあったので、受賞がとてもうれしく、素直に喜びました。

 ――今後、書いてみたいことはなんでしょうか。

 あまり具体的な内容は話せないのですけど、今までは「ポラリスが降り注ぐ夜」「星月夜」など割とリアリズム小説を書いていました。でも「彼岸花が咲く島」で初めて一種のファンタジックな、あるいはSF的な手法で書いたので、今後はリアリズムを書きながらも、リアリズム以外のいろいろな手法を駆使して書いてみたいと思っています。

 ――来日されて10年近くになり、何かやってみたいことはありますか。

 台湾とくらべれば日本は広いですから、まだ行ったことのない場所が多くあります。出かけられるような状況になった時にはいろんなところに出かけ、いろんな風景を見たいと思います。

▽李琴峰(り・ことみ)
1989年12月、台湾出身。大学卒業後、2013年に来日。早稲田大学大学院日本語教育研究科修士課程入学、のち修了。17年に群像新人文学賞優秀作を受賞し、作家デビュー。今年「ポラリスが降り注ぐ夜」が芸術選奨新人賞、「彼岸花が咲く島」(文藝春秋)が165回芥川龍之介賞受賞。同作は記憶をなくした少女が流れ着いたのは、ノロが統治し、男女が違う言葉を学ぶ島だった――。不思議な世界、読む愉楽に満ちた中編小説。

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • 芸能のアクセスランキング

  1. 1

    亡き長嶋茂雄さんの長男一茂は「相続放棄」発言の過去…身内トラブルと《10年以上顔を合わせていない》家族関係

  2. 2

    上白石萌音・萌歌姉妹が鹿児島から上京して高校受験した実践学園の偏差値 大学はそれぞれ別へ

  3. 3

    「時代と寝た男」加納典明(17)病室のTVで見た山口百恵に衝撃を受け、4年間の移住生活にピリオド

  4. 4

    中居正広氏に降りかかる「自己破産」の危機…フジテレビから数十億円規模損害賠償の“標的”に?

  5. 5

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?

  1. 6

    “バカ息子”落書き騒動から続く江角マキコのお騒がせ遍歴…今度は息子の母校と訴訟沙汰

  2. 7

    “名門小学校”から渋幕に進んだ秀才・田中圭が東大受験をしなかったワケ 教育熱心な母の影響

  3. 8

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  4. 9

    「こっちのけんと」の両親が「深イイ話」出演でも菅田将暉の親であることを明かさなかった深〜いワケ

  5. 10

    長嶋一茂が父・茂雄さんの訃報を真っ先に伝えた“芸能界の恩人”…ブレークを見抜いた明石家さんまの慧眼

もっと見る

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希に向けられる“疑いの目”…逃げ癖ついたロッテ時代はチーム内で信頼されず

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?

  4. 4

    上白石萌音・萌歌姉妹が鹿児島から上京して高校受験した実践学園の偏差値 大学はそれぞれ別へ

  5. 5

    “名門小学校”から渋幕に進んだ秀才・田中圭が東大受験をしなかったワケ 教育熱心な母の影響

  1. 6

    大阪万博“唯一の目玉”水上ショーもはや再開不能…レジオネラ菌が指針値の20倍から約50倍に!

  2. 7

    今秋ドラフト候補が女子中学生への性犯罪容疑で逮捕…プロ、アマ球界への小さくない波紋

  3. 8

    星野源「ガッキーとの夜の幸せタイム」告白で注目される“デマ騒動”&体調不良説との「因果関係」

  4. 9

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  5. 10

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも