桐島ローランドさん「パリ・ダカ」8日目に大ピンチ! 一発勝負ですり鉢状の砂漠から脱出

公開日: 更新日:

桐島ローランドさん(写真家、マルチクリエーター・53歳)

 写真家と並行してテレビで活躍する桐島ローランドさんは大のバイク好き。30代でパリ・ダカールラリーに参加。人生の記念のその瞬間は完走を遂げた時ではなく、砂漠の中、最大の窮地から脱した時……。

  ◇  ◇  ◇

■母のルーツの四国を回ろうと思ってバイク熱が再燃

 バイクはもともと好きでした。社会人になって乗らなくなっていたけど、30歳の記念に「母のルーツの四国を回ってみよう」とバイクを久しぶりに購入した時に“バイク熱”が再燃して。それから全国の都道府県を走って回ったりしたんです。

「もっとうまくなりたいな」という思いから走行会を走らせてもらうようになりました。すると「さらにもっとうまくなりたい」と欲が出て、一般も出場できる、“もて耐”と呼ばれる、もてぎ耐久ロードレースにも出ました。

 そして、もっとチャレンジしたくなり、パリ・ダカールラリーが青春時代にブームでして、調べてみたら一般も出られると。

 トップクラスのプロライダーもいますが、ほとんどは完走を目指す一般ライダーです。東京マラソンなどと似てますね。マラソンと違って完走するのが世界一過酷なレースですけど(笑い)。でも、僕としては一生の思い出、人生のハイライトになることをやってみたくて命がけでもチャレンジしようと決めました。

 いきなりダカールラリーは無謀なので、まずモンゴルの約3000キロを1週間で走るレースに2004年に出場。初めてオフロードバイクで走ったけど、完走できた。その後も週末はオフロードの練習を積み、06年にはファラオラリーという、ダカールに出るプロが走るエジプトのレースに出て。ダカールラリーほどの砂丘の高低がないとはいえ、どうにか完走できました。

全2週間、230台が参加し100台が振り落とされる

 ダカールは参加の倍率が高いのに、翌年のレースのクジ引きに当たりました。周りからは「1度目は絶対に完走できないから、その経験を次に生かすために出てみたら」と言われ、07年にすぐ出ることに。

 でも、これが運が良くて、最後のアフリカ大陸のレースになったんです。テロリストの標的になる地域がアフリカにあり、ダカールラリーが狙われる可能性があるなどで。

 出発はポルトガルのリスボン。全2週間ですが、昼夜ズーッと走りっぱなしではありません。300~700キロと毎日のコースが決まっていて、すべて悪路ではなく、街中の移動区間(一般道)もあります。でも、オフロードバイクは座り心地が悪くて舗装道路も疲れますよ(笑い)。

 タイムスタンプ形式だから、前日の順位でスタートします。だから、参加者同士は間隔があり、抜いたり抜かれたりはあまりなく、レース中は孤独です。本当に自分との闘い。

 途中に振り落としステージが設けられてます。主催者は人数を減らした方が楽なので難関が設置されてる(笑い)。230台ほど参加し、100台くらいは振り落とされます。

日本で普通にしていたら危機管理能力を試せる機会はない

 忘れもしない瞬間は8日目に迎えた最難関のアタールという砂漠。砂丘の砂がとても軟らかくてスタック(轍や溝にはまること)でバイクが半分埋まるほど。スキーのパウダースノーのようです。

 前のバイクの轍だけを見て走る。海の波のような高低が所々あるけど、目前の波の先はどうなってるかわからない。僕は砂丘の直前にコケて足をケガしたこともあり、走りにくい轍が多いところを避けていました。気づくとすり鉢状が続く、高低が激しいところを走っていました。

 普通は山なりの前から助走をつけて越えるけど、僕は越えられず、止まってすり鉢状の中に埋まってしまいました。5メートルくらいの深さのすり鉢状で……。バイクを降りて押しても、砂が軟らかいからすぐタイヤが埋まり、上るのは無理。50度くらいの灼熱の太陽の下、もう絶望的でしたよ。

 1時間くらい試行錯誤して砂が少し硬い箇所が見つかり、そこからすり鉢状のくぼみ通りに円を描くようにバイクを回したら脱出できるんじゃないか、とひらめいた。砂が崩れたらもうできないから一発勝負。

 僕はバイク横に立った状態でエンジンをかけてハンドルを握り、バイクを円を描くように回したら成功したんですよ。途中で飛び乗って、すり鉢から脱出! 僕は人生で初めての雄たけびを上げましたね(笑い)。

 あの瞬間がなければ完走できませんでした。砂丘でバイクが埋もれて出せなくなってリタイアする人が多いですから。僕は死なずに完走するのが目標だったので、うれしかった。周りからは驚かれました。マスコミにも少し取り上げていただけましたし。

 あのレースとあの瞬間は人生のハイライトになりました。日本で普通に暮らしていたら、自分の危機管理能力を試せる機会はないですからね。その後レースは引退し、近年は趣味としてツーリングをして温泉に行くくらい(笑い)。今のご時世ではツーリングはいいかと思いますよ。

(聞き手=松野大介)

∇桐島ローランド 1968年4月、神奈川県横浜市出身。91年、ニューヨークで写真家として活動を開始。その後、日本に拠点を移し、タレント業やマルチクリエーターとして活動。母親は作家の桐島洋子、長姉はモデル・女優の桐島かれん。

最新の芸能記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    「豊臣兄弟!」白石聖が大好評! 2026年の毎週日曜日は永野芽郁にとって“憂鬱の日”に

  2. 2

    川口春奈「食べ方が汚い」問題再燃のお気の毒…直近の動画では少しはマシに?

  3. 3

    あの人「なんか怖い」を回避する柔らかな言葉遣い

  4. 4

    自分探しで“変身”遂げたマリエに報道陣「誰だかわからない」

  5. 5

    (1)高齢者の転倒は要介護のきっかけになりやすい

  1. 6

    2度目の離婚に踏み切った吉川ひなの壮絶半生…最初の夫IZAMとは"ままごと婚"と揶揄され「宗教2世」も告白

  2. 7

    「誰が殺されてもおかしくない」ICE射殺事件への抗議デモ全米で勃発

  3. 8

    解散総選挙“前哨戦”で自民に暗雲…前橋出直し市長選で支援候補が前職小川晶氏に「ゼロ打ち」大敗の衝撃

  4. 9

    業績悪化で減収減益のニトリ 事業の新たな柱いまだ見いだせず

  5. 10

    チンピラ維新の「国保逃れ」炎上やまず“ウヤムヤ作戦”も頓挫不可避 野党が追及へ手ぐすねで包囲網