「ジュリーの世界」増山実氏

公開日: 更新日:

 本書の「ジュリー」は、1970~80年代前半、京都きっての繁華街、四条河原町界隈を悠然と歩き、寝ぐらにしていたホームレスのことだ。大スターの名にあやかって誰が名付けたか「河原町のジュリー」と呼ばれた。関西ではかなり有名だったから、記憶する読者もいるだろう。

 汚れた長髪にボロボロの服。涼しい目をして、小声で独り言を言う彼を「京大の哲学科出で世をしのぶ仮の姿だ」「いや全てを捨てた元大金持ちの自由人だ」などと、人々はさまざまに噂した。

 本書はその河原町のジュリーを軸に、彼と有形無形の関わりを持つ人たちと、その時代を描いた物語だ。

「私も何度も河原町のジュリーに会いましたが、彼は好奇な目で見られる対象ではなく、そこに居て当たり前の街の『風景』でした。一体何者だったのか。あの時代のあの街とどう共振したのか。彼を知る人の数だけ物語があると思います。私は、彼が早朝に商店街のアーケードの下の柵にもたれながら東の空を見上げていた光景が頭に焼き付いていて。いつか彼のことを書くのが人生の宿題だとずっと思ってきました」

 物語の設定は1979年。リプトン(喫茶店)、駸々堂書店など当時の京都を知る人なら懐かしさがこみあげる店がいくつも登場する。河原町のジュリーは誰とも視線を合わさず、口を利かなかった。決まった街路しか歩かなかった。そうした事実を骨幹にしたフィクションだ。

「彼は年齢不詳でしたが、70年代は戦争が終わってまだ25年そこそこ。終戦を20歳で迎えた人なら40代、30歳で迎えた人でも50代だったわけです。そこら中に戦争体験者がいて、戦後の高度経済成長のイケイケドンドンの世の中と折り合いが悪かった人も少なくはなかったと思うんです。河原町のジュリーもそんな一人だったのではないかと」

 エリアの交番に着任した若い巡査がもうひとりの主人公だ。彼は初めて河原町のジュリーを見たとき、その異様な風貌に強烈な印象を持つのだが、いつしか心を寄せる。彼には、借金をつくって家を出て行ったきり行方不明になっている父親がいたのだ。

「巡査は、河原町のジュリーが電器屋の前のテレビで相撲の応援をしているのを見るんですね。その姿を相撲が好きだった自分の父に重ね、父がどこでどうしていようが、河原町のジュリーのように誰かを応援する気持ちを今も持っていてほしいと思った。それが心を寄せるきっかけです。異端者といえども河原町のジュリーはある種の威厳をまとっていたし、もっと言えば異端者としての光を放っていたんですね。そのおかげで、巡査は自分の背負った重荷を彼に仮託できたんですね」

■立場の異なる者同士がつながれた時代

 本書には、重荷を河原町のジュリーに仮託する人々は他にも登場する。複雑な家庭環境によって屈折した少年、バーテンダーをしながら写真家活動をするヒッピー女性らだ。

 彼らもまた多かれ少なかれ河原町のジュリーの影響を受ける。かといって、本書は彼を持ち上げる一方ではない。「彼とすれ違う人は、彼のことを受け入れているように振る舞ってるけど、心の中では『ああは、ならんでよかった』と蔑みの気持ちがある」とのヒッピー女性の言葉も出てきて、考えさせられる。

「河原町のジュリーのありようをどう考えるかは読者に委ねます。ただひとつ、この物語で感じてほしいのは70年代に漂っていたムード。彼が存在したのは、コンビニの出現などで街が明るくなり、異質なものが排除される前夜でした。立場の全く異なる人同士もつながることができた時代が確かにあったことを忘れないでほしいんです」

(ポプラ社 1870円)

▽ますやま・みのる 1958年、大阪府生まれ。同志社大学法学部卒業。2013年、第19回松本清張賞最終候補となった「いつの日か来た道」を改題した「勇者たちへの伝言」でデビュー。同作は「第4回大阪ほんま本大賞」を受賞した。他に「空の走者たち」「波の上のキネマ」「甘夏とオリオン」など。

【連載】著者インタビュー

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    阪神・藤川監督に「裸の王様」の懸念 選手&スタッフを驚愕させた「コーチいびり」

  2. 2

    巨人はCSファーストSで敗退濃厚…今季DeNAと13勝12敗“ほぼ互角”に潜む落とし穴

  3. 3

    “引退説”の巨人・坂本勇人は来季も現役続行か…「特に二塁打記録更新には強い意欲」の証言

  4. 4

    簗農相「予算カット」恫喝発言が飛び火! 信じられない国交省調査で井林大臣は“火ダルマ”必至

  5. 5

    阪神が佐藤輝明のメジャー流出に備え“金満補強”か…吉田正尚、元MVPゴールドシュミットら浮上

  1. 6

    久保建英は所属クラブでの評価いまひとつ…人気俳優・福原遥との電撃婚でひと皮むけるのか

  2. 7

    『トゥ・オブ・アス』冷め切った関係で美しくハモる二度と共に歌えない2人の業

  3. 8

    壇蜜フルヌード「手取り33万円」の衝撃…芸能界“安すぎ”ギャラの相場と現在値

  4. 9

    (1)内閣改造をめぐる暗闘、そして保身…玉虫色の決着

  5. 10

    巨人2年連続V逸で再び始まる“見境なしの大補強”…床田、坂倉、吉田正尚に小園海斗まで照準

おすすめ求人情報

未経験向け警備員シニアも歓迎/日払い制度あり/年間休日120日以上/週1日からの勤務OK/社会保険完備
ダイワ産業株式会社 東京都 品川区 アルバイト・パート
日給1万240円~1万4,500円
六本木駅付近の常駐警備/当務・夜勤/未経験歓迎/シニア・ミドル活躍中
スターツファシリティーサービス株式会社 東京都 港区 アルバイト・パート
日給2万3,000円~
「日勤のみ」安定の警備/8h勤務/日払い可・シニア歓迎・履歴書不要
髙菱管理株式会社 大阪府 大阪市 アルバイト・パート / 契約社員
日給1万1,000円~
「シニア歓迎」体力の不安なし・力仕事ゼロ/日払い・週払いOKの案内スタッフ
株式会社アリーナセキュリティ 神奈川県 海老名市 アルバイト・パート
日給1万1,500円~
一般事務/シニアも歓迎!人気の新宿勤務 長期 福祉財団での一般事務
株式会社シグマスタッフ 東京都 新宿区 派遣社員
時給1,280円
Sponsored by 求人ボックス