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伊藤さとり映画パーソナリティー

映画コメンテーターとして映画舞台挨拶のMCやTVやラジオで映画紹介を始め、映画レビューを執筆。その他、TSUTAYA映画DJを25年にわたり務める。映画舞台挨拶や記者会見のMCもハリウッドメジャーから日本映画まで幅広く担当。レギュラーは「伊藤さとりと映画な仲間たち」俳優対談&監督対談番組(Youtube)他、東映チャンネル、ぴあ、スクリーン、シネマスクエア、otocotoなど。心理カウンセラーの資格から本を出版したり、心理テストをパンフレットや雑誌に掲載。映画賞審査員も。 →公式HP

ブルーリボン賞最多5部門ノミネート「ドライブ・マイ・カー」の見どころ&凄さを解説!

公開日: 更新日:

 東京映画記者会が選ぶ、第64回ブルーリボン賞のノミネートが発表された。第74回カンヌ国際映画祭で日本映画初の脚本賞を受賞するなど4冠に輝いた「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督)が作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞の最多5部門にノミネート。同作品の見どころを解説したコラムを再掲する。

 ※  ※  ※

「インティマシーコーディネーター」という言葉を聞いたことはありますか?

 Me Too運動が盛んなハリウッドで生まれて間もないお仕事で、日本ではNetflixオリジナル映画『彼女』(2021年)から初めて導入されることになった職業です。主に肌の露出やセックスシーンなど性的な描写を必要とする際に、現場で俳優と制作陣との間の仲介役として互いが納得する形で撮影を行えるようにする作業をしていきます。

 その目的は、女性に限らず全てのジェンダーへのセクシャルハラスメント防止。後に裁判沙汰にならないよう、俳優のトラウマにならないよう、気持ちよく作品作りが出来るよう促す、例えるならば心のコーディネーターでしょうか。

 実は脚本に書かれていないことが現場で生まれるのは当たり前なので、だからこそ臨場感あるドラマティックな画が誕生するミラクルも起こるのですが、良い映画を撮ろうとハイ状態になっている俳優とスタッフの間で後にトラブルとなるのが、主に性描写やセックスシーンです。そのため、インティマシーコーディネーターのような職業が現在、必要とされているわけです。

■そのセックスは必要か?正当か?

 ハラスメントというものは、個々の価値観により定義が違うものですが、ともすればハラスメントとなりかねないリスクを負ってまで撮る必要のある、“納得出来るセックスシーン”とはどんなものなのでしょう? 作品にとって“必然性のあるセックスシーン“とはなんでしょうか? あくまでも個人的、意見での見解を書き記します。

 まず、女性である私は登場人物の人柄や日常を描く上で必要なセックス描写はあって良いと思っています。では、どんなセックス描写に違和感を感じ、不快感を感じるのか。

 それは女性側の表情やバスト、裸体ばかりが長々と映し出されていると、“なぜ、男性側が映らない?”と疑問に思い始めます。ここで感じるのはあくまでも“男性の視線”であり、2時間という尺の映画の中では長く表現し過ぎる制作サイドの“欲望”にさえ感じてしまうのです。

 物語の主人公が男性であろうとも、たった2時間で語られる彼の日常が、そんな目で女性を捉えているのかと思ってしまうと、主人公の支配欲が浮き上がり、女性側からすると魅力も半減してしまうのです。

 そこを上手く表現していたのが、近年では三島有紀子監督の『Red』(2020年)でした。セックスシーンでは塔子役の夏帆さんの表情ばかりでなく鞍田役の妻夫木聡さんの表情にカメラがしっかりと切り替わります。それにより鞍田という男も空虚さを身体で埋めようとしているのではと感じ取れるのです。

「ドライブ・マイ・カー」の世界観に基づく“大人のいとなみ”

 さらに村上春樹氏の原作を映画化し、カンヌ国際映画祭脚本賞を始め4冠受賞となった濱口竜介監督の最新作『ドライブ・マイ・カー』では、冒頭に夫婦の明け方のセックスシーンが映し出されます。

 それは一番きれいに撮れる時間帯を狙い、逆光を利用してシルエットで見せる妻・音役の霧島れいかさんと夫・家福役である西島秀俊さんの絵画のような大人同士の愛のいとなみ。実際、当事者の霧島さんも満足するオープニングのおかげで、一気に村上春樹氏の原作の世界に飛び込んだ感覚に捉われます。

 また、セックスシーンは中盤にも登場しますが、それも工夫された撮影方法で、直接的ではない技法を使い、一体、誰がセックスをしているのかわからないというミステリアスな映像表現として見せています。『ドライブ・マイ・カー』が評価される理由は、本音をなかなか口にしない人々の表情の演技や、仕草でのアプローチという俳優の演技力と、画の力を信じたシーンの切り取り方や関係性を解説し過ぎず想像力を膨らませる脚本力なのだと思うのです。そこに物語のキモとなる夫婦の関係性と夫が背負ってしまった十字架を描く必要があり、セックスをすると感性が研ぎ澄まされる妻・音を象徴するセックスシーンは必然的です。

 この映画のように演じた俳優本人が満足するような敬意を込めた画は、観客が見惚れるシーンとして世界的映画賞を受賞し、映画史に残る傑作として受け継がれるのです。

 まさに男女平等に積極的でダイバーシティを目指すカンヌ国際映画祭が才能を認めた濱口竜介監督は、“自分がインティマシーコーディネーターならば”を意識して本作を撮影していたのかもしれないですよね、あくまで憶測ですが。

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