歌舞伎座「大物浦」仁左衛門は必見 迫真の演技という次元を超えていた
今月は片岡仁左衛門が歌舞伎座で「義経千本桜/渡海屋・大物浦」の知盛を一世一代で、松本白鸚が日生劇場で「ラ・マンチャの男」をファイナルとして公演している。敗戦前後に生まれた世代の舞台は、一つ一つが見逃せないものになってきた。
「大物浦」のラスト、「おさらば!」と別れを告げて知盛は海に沈む。これは誰に対しての別れなのか。演劇としては、そこにいる安徳帝や義経に対してとなるが、今回の仁左衛門のは、観客に対しての別れ、いや、この役に対しての別れなのだ。
迫真の演技などという次元を超えていた。仁左衛門、そのまま死んでしまったのではないかとさえ思う。できることなら楽屋へ行き、生きているか確認したいくらいだ。1階席はまだ残っているようなので、これは必見。
中村時蔵が義経で、孫の小川大晴の安徳帝を抱いて花道を去る。
第3部は、知盛を今後、演じていく役者のひとり、尾上菊之助が、「鼠小僧次郎吉」を初役で演じている。誰もが名前は知っている義賊だが、今回のは河竹黙阿弥が書いたもの。五代目、六代目菊五郎の当たり役だったそうだが、しばらく上演が途絶えていた。七代目菊五郎が1993年に68年ぶりに上演し、それからさらに29年ぶりの上演。めったに上演されないものは面白くないことが多いので、あまり期待せずに観に行ったが、これがコロナ禍後の歌舞伎座で一、二を競う面白さ。