歌舞伎座「大物浦」仁左衛門は必見 迫真の演技という次元を超えていた
鼠小僧次郎吉は、金を騙し取られて心中しようとした若いカップルの窮地を救うため、武家屋敷から百両を盗み出し、二人に渡すのだが、ここから思わぬ展開となっていく。登場する人物たちが、実は夫婦だったとか親子だったというのは黙阿弥のいつものパターンで、ご都合主義と言えばそれまでだが、歌舞伎とはそういうものなのだから、問題はない。
金持ちから盗み、貧しい者に与えるカッコいいヒーローとしてではなく、「苦悩する義賊」としての鼠小僧次郎吉を、菊之助は丁寧に演じていく。痛快時代劇的なものを予想していたので、よい意味で裏切られた。
菊之助の息子、丑之助が蜆(しじみ)売りの役で父子共演しているが、御曹司の特別出演的なものではなく、セリフが多くキャラクターとして造形されている役をしっかりと演じていた。この配役を父子で演じるのは93年ぶりとか。
演じ納めをする名優がいる一方で、少しずつ役者の道を歩む子役がいる。そういう2月の歌舞伎座だ。
(作家・中川右介)