【総論 ビートルズとはいったい何だったのか】③コーラス「一緒に歌いたくなる」個を殺さず全員が主役の妙味
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総論の3つ目はコーラスについて。つまりはボーカルについて述べるのだが、ソロボーカル(それはそれで十分に達者だ)ではなくコーラス、ハーモニーの話をしたいのだ。
例えば『ひとりぼっちのあいつ』(65年)の冒頭を思い出してほしい。
まず注目したいのは、その見事なハモリ具合である。映像作品『ザ・ビートルズ:Get Back』(2021年)などにおける、彼らのリハーサルシーンを見ると、誰かが歌うと、それに乗せて他のメンバーがすっと自然にハモる能力に驚く。
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本連載で何度も、「ビートルズは本質的にコーラスグループだ」という一種の暴論を述べてきたが、その背景には、彼らが持っていた、非常に卓越した「すっと自然にハモる能力」があった。
加えて『ひとりぼっちのあいつ』の冒頭では、ジョンによるリードボーカルだけでなく、その上の音程のポールの声、下のジョージの声も、リードボーカルの添え物(サブ)ではなく、まるでリードボーカルのような音量で録音されていることに注目したい。
このように、ビートルズのコーラスは、リードとサブという区分けがない、とまでは言わないが、区分けが非常に薄い。
つまりリードもサブも、フォルテの地声で思いっきり歌っている。なのに見事にハモっている、というのがビートルズのコーラスの妙味だと思う。
いわば、メンバーの個性と全体の統一感の両立。個性と統一感という一見対極の概念が、見事なバランスで融合しているのである。
「だからよ、聴いてると、なんか一緒に声出してるみたいな気分になって、心が晴れんだ。一緒に歌いたくなる」
これはNHK朝ドラ『ひよっこ』(17年)第78回におけるビートルズファン=宗男(峯田和伸)のセリフ(現在再放送中、ネタバレ失礼)だ。
そう。「聴いてると」「声出してるみたいな気分になって、心が晴れ」るのは、ビートルズのメンバーが個を殺さず、フォルテ、フォルテシモの地声で歌っているからではないか。
そして「一緒に歌いたくなる」のは、そのコーラスがバラバラではなく、見事な統一感をもって攻めてくるからではないか。
1970年代以降、ロックは、派手な楽器とソロボーカルの音楽となり、コーラスは徐々に後退していった。逆に言えば、だからこそビートルズは、最高のコーラスグループであり続けるのだ。 (この項つづく)
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