日刊ゲンダイDIGITAL

  • facebook  
  • twitter  
  • Facebook Messenger

貧乏が原因で両親離婚 元“AV帝王”村西とおる語る少年時代

「帝王」と称され、アダルトビデオ界を席巻した村西とおる監督(67)。少年時代の貧乏をバネに巨万の富を築いたが、思わぬ落とし穴が待っていた――。

 一時は借金50億円を抱え、しかも前科7犯。山あり谷あり谷底ありの人生を歩んできました。元はといえば、貧乏が出発点。前科のうち1犯は米国でのものですが、これも子どものころの体験が影響しているんです。

 生まれ育った福島県いわき市では、幼いころ駅前に行くといつも進駐軍のジープやトラックが止まっていました。米兵が車から姿を現すと、子どもたちが群がってくる。ある時、米兵がおもむろにミカンを取り出し、これ見よがしに皮をむき始めた。そしてその皮をポイッと投げ捨てると、子どもたちで取り合いです。その中に私もいたんです。

 この時の光景がいつまでも心のどこかに引っかかっていて、1986年暮れに踏み切ったのが米国でのスカイファックの撮影。ハワイ上空でセスナ機2機を飛ばし、まるで真珠湾に突っ込んでいくような気持ちで、機内で行為に及んだんです。ロケ中に逮捕された私に突き付けられた求刑はなんと懲役370年。さすがに半年後に日本に帰されましたが、向こうの弁護士にカネを随分ふんだくられました。ともかく30年越しの“ミカンの怨念”を少しは晴らせたと思っています。

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

最新の芸能記事