田﨑史郎さん<4>政治を動かす人物にアクセスできる状況を

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 1985(昭和60)年に竹下登、金丸信らが田中派を事実上乗っ取り「創政会」を結成した。

「中曽根康弘首相の時代でしたが、実権を握っているのは田中さんで、田中支配と言われていました。その田中派が割れるのは最大の政治ニュース。120~130人の勢力がどう分裂するのか、見分けるのが大変でした」

 田中角栄は創政会が発足した直後に脳梗塞で倒れた。復帰が難しいと分かって、多くの政治家が竹下のもとに流れた。

「日々情勢は変わっていきましたが、政策で争っているとか理念ではなくて、人間関係だけで動いていました。個々の政治家に当てていきましたが、だれがどっちにつくのかを一番つかんでいたのは、小沢一郎さんでしたね。竹下さん、田中さんの両方の人たちとつながりがあったので、彼を中心に取材していました」

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