93歳現役バーテンダーの現在「終活なんて僕には意味不明」

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93歳の現役バーテンダー 井山計一さん

 井山計一さんは、山形県酒田市でその名を知らぬ人を探すのが難しいほどの有名人。昭和30(1955)年に開店したバー「ケルン」のマスターで、大正15(1926)年生まれの93歳。いまだに現役でカウンターの中に立ち、かくしゃくとシェーカーを振り続ける。

 ――お元気そうですが、昨年、少し長く入院されましたね。ご自身の終活とか、気持ちの変化はありましたか?

「特にないです。死ぬの生きるの、僕は一切考えない。何より“今日”が大事なの。毎朝起きるとまずは外の景色見て、『ああ、今日は何か面白いこと起きないかなあ』って願ってます。そしてズボンのポケットに昼ごはん代を入れて、『どこの店のランチを食べようかな』って考えると楽しくてね」

 ――そういえば、井山さん、しゃべりながら定食を全部平らげていますが、すごい食欲ですね。

「揚げ物とか牛丼が大好き。それに家の3階までの階段も自分の足で上ってますよ。結構急だからしんどいんだけど、『死んでたまるか!』って言いながら上り下りしてる(笑い)」

 93歳になっても死を考えないと本人は言うが、井山さんの青春時代は太平洋戦争の真っただ中だった。

 ――そんな時代ですら死を意識したことはなかったのですか?

「そうだねえ。もしかしたら死んでたかもしれないなということはあります。酒田の高校を出て、川崎の芝浦電気(東芝)に就職したのですが、僕の下宿が焼夷弾で夜、燃えちゃった。その日はたまたま課長に夜勤を頼まれたから、僕は家に帰ってなくて死なずに済んだんです」

■「面白い話を考えているほうがいい」

 常に死と隣り合わせだった青春時代。隣の母屋は焼けなかったのに、井山さんの部屋だけが爆弾で燃えたそう。課長に夜勤を頼まれなければ、今頃この世にはいない。とんでもない強運。

 ――それから、この世の地獄のような炭鉱でも働きましたよね。

「芝浦から派遣されて北海道の美唄炭鉱に行きました。最初は落盤事故が起きるんじゃないかとおっかなかったけど、そのうちなるべく楽をするコツを覚えたら楽しくなっちゃって。疲れたらトロッコの箱をひっくり返して、その中で寝てサボってたけど、僕は怒られることはなかった(笑い)。しかも、派遣が終了したら家が2軒買えるほどの大金ももらえました」

 ――召集令状も終戦の2日後に来たそうですね。

「郵便事情が悪くて、本当はもっと早くに召集され、弘前に行かされるところだった。出征するからって一升瓶のお酒が振る舞われたんだけど、家が料理屋だからそのままお客に出しちゃった。戦争に行ってないから返さないといけないのに、すでに空っぽ(苦笑)。なんだかいつもそういう巡り合わせになるんだよ」

 ――当然、召集命令は解除された。戦争中は悪知恵も発揮していたと言いましたね?

「悪知恵というか、詭弁というか。僕は学生時代にブラスバンドの指揮をやっていて、すごく音楽が好き、海外のクラシックレコードをたくさん持っていたの。そしたら憲兵が家にやってきて、『おまえ、敵性音楽を聴いているらしいな。没収だ』と言われて。当時は、レコードを作っている国も演奏している国もアメリカなどの連合国軍側だと、敵性音楽だといって禁止されていたんです。でも僕は高価なレコードを手放すのが惜しいから『変ですね。この“運命”の作曲者のベートーベンはドイツ人です。ドイツは日本の同盟国だから、敵の音楽じゃないですよ』と反論した。でも、ドイツであれ、イタリアであれ、クラシックレコードはほとんど米ニューヨークで製作されているから、ある意味、敵性音楽だった。それを憲兵は知らないし、ベートーベンがまだ生きていると思っていたのが、おかしかったなあ(苦笑)」

 ――今までこんな調子で生きてこられたんですか?

「学生時代のあだ名が『誇大妄想』。ホラ吹きだってよく言われてた」

 ――え? まさか、これまでの話も“誇大妄想”では?

「それはウソじゃない。ただ事実をちょっとだけ大きくするクセがあるみたいで。いやいや、自然に大きくなってしまう、ハハハ。こんな話をしてお客さんが喜んでくれるとうれしいんです。最近は“終活”っていうのが流行らしいけど、僕には意味不明。そんな活動をしている暇があったら、面白い話を考えているほうが全然いい。じゃないと死んでしまうよ」

 死ぬまでシェーカーを振り続けるという井山さん。死んだ後のことを考える世の風潮を理解できないという。

 (取材・文=東野りか)

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