津野田興一
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津野田興一都立立川高校教諭

1965年生まれ。東京都立大学大学院人文科学研究科史学専攻修了。現在、東京都立立川高校で世界史を教える。著書に「世界史読書案内」(岩波ジュニア新書)、「やりなおし高校世界史―考えるための入試問題8問」(ちくま新書)、「第2版 ポイントマスター世界史Bの焦点」(山川出版社)など。

人気漫画「キングダム」から学ぶ“秦の始皇帝”の功績とは

公開日: 更新日:

 漫画とアニメ、そして映画でも人気の「キングダム」。

 主人公の信は、秦の始皇帝に仕えた実在する将軍です。

 今回は始皇帝による天下統一の話をしましょう。


■2つの地図

 さて「キングダム」では、地図①のような領域が示されます。

 世界史の教科書にも同様のものが必ず掲載されていますが、いかがでしょうか?

 秦は比較的大きいとはいえ、東の方には多くの国があり、南方の楚は広大な面積を持ち、強そうですね。これを統一するのは大変だったろうなあ、そして「キングダム」のキャラクターたちも多くの苦難を乗り越えることになるのだろうなあ、と想像されます。


 しかし、ここには重大な「嘘」があると私は考えます。このような地図は前4世紀のものであり、始皇帝が即位するより120年以上も前のものなのです。 もうひとつの地図②を見てみましょう。こちらは始皇帝が即位した頃のものですが、中国の西半分以上が既に秦の領域となっています。したがって、始皇帝は秦による中国統一の「仕上げをおこなった人物である」、と捉えるべきなのだと思うのです。


商鞅の変法

 もともとは「西方の野蛮な異民族」と見なされていた秦は、前7世紀に遊牧勢力を取り込むことで拡大しました。その後、前4世紀、孝公に仕えた商鞅が「変法」という行財政改革を実施して、国家の基盤を整えます。

 この商鞅の改革を、前漢の司馬遷は「史記」の中で(史料)のように述べます。まず民衆に連帯責任を負わせました。これが税を負担する際も、戦争の際も統治の基本単位となった「什伍の制」です。さらに、法家思想の信賞必罰原則に基づき、成果を上げた者には社会的上昇を認め、逆に怠けたり、人の足を引っ張ったりした者には罰を与えました。それは王族であっても同様だったので、たとえ卑しい身分の出身であっても、功績を残せば出世できるという、実力主義の政治をおこなったのです。商鞅はさらに、中央から役人を派遣して治めさせる「郡県制」を実施しました。こうして中央集権型の国家をつくることで、秦は西方の大国としての地位を確立します。

■長平の戦い

 このような基盤の上に、前306年に即位した昭王が東方地域への拡大を進め、前260年には「キングダム」でも取り上げられている「長平の戦い」が勃発します。この戦いで秦の白起将軍は、趙の兵士45万人を生きたまま穴埋めにして殺したと記録されています。

 この数字が事実かどうかは分かりませんが、趙の人々にとって秦への恨みを抱くには十分な出来事であったと思われます。このような中、趙の都でのちに始皇帝となる嬴政(近年の研究では趙正とも)が生まれます。いわば秦から趙への「人質」だったため、恨みを抱く人々の中での生活には困難が伴ったことでしょう。

 大商人の呂不韋に嬴政の父・子楚が見いだされたことで(いわゆる「奇貨居くべし」の故事)、秦に戻った嬴政は、曽祖父の昭王が中国西半分の統一を実現した4年後の前247年に、秦王となったのでした。

■国家の基礎づくり

「キングダム」に登場する魅力的な武将たちの多くは実在する人物です。もちろんそこには、秦の将軍だった楊端和を山の民の女傑として描くなど、作者の想像や脚色が多分に含まれており、注意が必要ですが、どこまでが本当でどこからがフィクションかを想像しながら読むのも楽しいでしょう。

 さて、前221年に東方の斉を滅ぼしたことで天下統一を果たした嬴政は、王に代えて「皇帝」という称号を作り出します。さらに、陰陽五行説に基づき「火徳」の周に代わる王朝として「水徳」を掲げたことから、朝廷の服や旗の色、そして軍団の色を水徳の黒に定めました。また、数の単位も水徳の数の6を基準とし、全国に施行した郡県制も6の倍数の36郡で治めることにしました。

 旧6国の兵器を没収し(いわゆる刀狩り)、度量衡・車幅・文字などをひとつにまとめていきます。地方の有力者や富豪を都である咸陽に移住させて経済力を集中し、戦国時代の長城を連結して匈奴の侵入に備えました。さらに、直道と呼ばれる軍用道路を建設して、北方の軍事地域に軍隊を速やかに展開できるよう配慮してもいます。

 その後、現在に至るまで、中国が分裂する時代があっても、最後は統一に向かっていった基礎は、始皇帝によってつくり出されたものと言えるでしょう。

■巡行

 始皇帝は全国各地を5回も巡行しています。バラバラだった中国をまとめるため、また、自らの威容を天下に知らしめるためでもありました。そして同時に、山東半島など各地で神を祭る封禅という儀式もおこなっています。

 しかし5回目の巡行の途中で病に倒れ、前210年、50歳で世を去りました。遺体は生前より造営されていた驪山陵に埋葬されました。この時、通説では宦官(官吏)の趙高が丞相(大臣)の李斯と謀って始皇帝の遺書を偽造し、帝位を継承するはずであった長男を自殺に追い込んだ揚げ句、末子を2世皇帝に即位させて政治を乱した、といわれてきました。しかし近年新しい出土史料が発見され、それと矛盾する内容も認められます。趙高は宦官ではなかったという研究もあり、実証研究が活性化していて目が離せません。

兵馬俑の発見

 さて、文化大革命の最中だった1974年、西安市の外れにある村で、等身大の兵士の兵馬俑が発見されました。その後8000体にも及ぶことが判明し、世界中を驚かせました。今もなお発掘は続いています。また、兵馬俑に隣接する始皇帝の陵墓は盗掘された痕跡がなく、いまだ内部の発掘も始まっていません。兵馬俑も含め、21世紀のどこかの時点で、始皇帝に関する従来の通説を覆すような発見がなされるかもしれません。今はそれを楽しみにしておこうと思います。

■もっと知りたいあなたへ
人間・始皇帝
鶴間和幸著
(岩波新書、2015年)
946円

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