元日銀参事・岩村充氏があぶりだす「黒田バズーカ」の本質

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 2013年4月に始まった日銀の異次元金融緩和。丸7年、吹かし続け、27日、国債買い入れ上限撤廃というさらなる追加緩和が決まった。だが、黒田バズーカは、本当に経済成長をもたらしたのか。長期の緩和やゼロ金利によって、誰が得をして誰が損をしたのか――。元日銀マンが本質をあぶりだす。

  ◇  ◇  ◇

 ――異次元金融緩和から7年が経過しました。どう評価されますか。

「現金を出すぞ」と言ったら、景気は良くなるというシナリオのもとに動いてみたが、まったく結果を出せなかったということでしょう。中央銀行が貨幣量を増やすぐらいでは人の心は変わらなかった。マーケットの方が賢かったということです。「黒田緩和」の問題は、うまくいかなかった時にどう戻るかを考えずに、ひたすら突っ走ったというところに尽きます。もっとも、コロナで当面、戻る必要はなくなり、黒田緩和の是非を問う意味もなくなってしまった感じですが。

■中央銀行は経済成長のエンジンにはなれない

 ――金融政策の限界を実証した。

 金融政策とは、金利ゼロの中央銀行券とそこそこ金利がある国債を交換することだと言えます。ですから、どちらもゼロになったら金融政策は効きません。そもそも、経済を成長させるための金融政策という考え方が間違いなのです。経済成長のエンジンは人口増とか技術進歩などの経済の基本条件から生まれてくるもの。金融政策はアクセルやブレーキ役はできても、成長のエンジンそのものではありません。中央銀行が経済を背負っていると考えるのは思い上がりの一種です。

 ――日本だけでなく、米国、欧州の中央銀行もずっと低金利政策や金融緩和を続け、経済成長を導こうとしてきています。

 19世紀後半から20世紀は世界的にまれに見る経済成長の時代でした。私的所有権が確立され、技術進歩にも画期的なものがあった。その中で国民国家、民主主義、中央銀行、株式会社などの「仕掛け」が世界標準になったのです。今、経済成長が頭打ちになり、そこで機能する新しい仕掛けが見つからないなかで、中央銀行と政府の区別がつかなくなっています。中央銀行と政府の役割分担は、19世紀後半から20世紀の成長の時代に作り上げた「二分法」ですから、成長が止まったら溶けてしまうのは仕方がない気がします。

 ――今後も20世紀のように経済成長が続くわけではないと。

 続かないでしょう。経済成長が当然だと思うと、皆の期待ほど経済成長していないと、政府は何とか成長を加速しなければと考える。そこで、中央銀行が低金利政策、金融緩和を続けることになるのです。

 ――低金利政策の長期化で何が起こりましたか。

 株式投資とそれ以外の資金運用の間で大きな格差が生じてしまいました。金利が下がると、企業は借金や社債など資金調達の利払いが抑えられ、株主への配当をどんどん厚くします。経済成長がゼロ、うまくいっても2%の時代に、株主資本に対する当期純利益の割合を示すROE(自己資本利益率)について「8%が国際標準だ」という話が大手を振って通るんですから呆れた話です。企業は必死に株主優遇競争を展開し、それを国家と中央銀行が全力で後押しするというのが今の世界なのです。そのしわ寄せを受けるのが、一般の預金者なのです。

 ――株式投資をできる人と普通の預金者の格差ですね。

 黒田総裁もパウエルFRB議長も格差を拡大させようと思って、金融政策をやっているわけではないでしょう。しかし、金融政策自体が富の分配でもあることに気をとめないようでは専門家失格です。成長エンジンが失われている状況で、ともかく経済成長しようという金融政策が結果として格差をつくっているからです。無理な金融緩和で格差づくりに関与してしまったという点では、責任は黒田総裁だけでなく、白川方明前総裁やその前任者の福井俊彦元総裁も同じなのですが、白川や福井は、今は低い金利に抑えるけれどもいずれ取り返すよという考えだったと思います。しかし、黒田総裁には、いずれ巻き戻すという考えはないようです。だから、ずっと格差が拡大するし、それを他人事のように言えるのですね。

消費税の本質は労働課税

 ――グローバル化による格差拡大もありますね。

 背景にあるのは国家間の企業呼び込み競争です。富裕層や法人を優遇しないと、国外に逃げられて国が空っぽになるという恐怖をどこの国の政府も抱いています。だから、所得税の最高税率や法人税を劇的に下げてきました。その減収分を補うのが消費税ですが、消費税の本質は労働課税なのです。

 ――といいますと。

 法人税は、売り上げから物的な仕入れと人件費を差し引いた残余に課します。消費税は、売り上げから物的な仕入れを引いた残余が課税対象です。人件費は差し引かれません。ですから、国の税収の軸足を法人税から消費税に移すということは、税負担を株主から従業員に移すことを意味することになります。労働者の犠牲のもとに、法人や株主を優遇しているわけです。このままでは、格差はますます拡大するでしょう。

 ――低金利政策と税制で労働者など中間層は痛めつけられている。中間層が決起してもおかしくない状況です。

 中間層はバラバラな方向に向かっています。ひとつは、富裕層により多くの負担を求めるという方向です。米国型リベラリズムや社会民主主義にはそういう面があります。米国のサンダースの支持者はそういう意識なのでしょう。

 ――ただ、最近はどこの先進国もリベラル勢力や社会民主主義はパッとしません。

 そこで受け皿になってしまうのがポピュリズムです。自分が豊かになれない理由を、自分たちでない誰かのせいにしようとするのですね。あれだけおかしなことをやりながらトランプ政権の支持基盤が固い理由や、欧州のネオナチや反イスラムの台頭にも同じ背景があると思います。

 ――コロナ禍は世界をどう変えると思いますか。

 グローバル化には一定のブレーキがかかるでしょう。コロナの脅威がある間はそうでしょうし、今のコロナウイルスに対するワクチンが作り出せても、別の新種ウイルスが大流行する可能性は消えません。そうした観点からグローバリズムにリスクがあると考える人が増えてくれば、能天気とも言えそうな国家間の企業呼び込み競争やサプライチェーンのグローバル化には慎重にならざるを得なくなるはずです。

■自由の劣化が進む中、コロナ禍が襲った

 ――新型コロナが終息した後は、どんな国家間競争が起きると予想されますか。

 今回の経験を経て、国家はより強く、市民や国民を監視してコントロールする方向に向かう可能性があります。欧米型の自由主義体制ではなくて中国型の政治体制への誘惑が強まってしまうのです。医療産業を国家安全保障の文脈で守ろうとする動きなどには、国際緊張を増し、軍拡競争に転化していく危険すらもあります。

 ――自由が制約される強権的な体制を国民は受け入れるのでしょうか。

 残念ながら受け入れる土壌はできつつあります。責任の一端は、サッチャーやレーガン以来の新自由主義にもあります。19世紀型国民国家の理念になった自由とは、血と涙で守るものでした。明治時代の自由民権運動で「板垣死すとも自由は死なず」というのがありましたが、そこでの自由とは命をかけて守るものなのです。ところが、新自由主義における自由とは要するに規制緩和で、つまり自由は儲けるための道具におとしめられてしまったのですね。自由を守ろうとする気概も勇気も劣化してしまっているのです。コロナウイルス封じ込めのためには何が何でも外出を取り締まるべきだとか、個人行動履歴もどんどん追跡すべきだという議論には怖さを感じます。症状のある人を治療するための検査は重要ですが、疑わしい人を隔離して自分は安全に暮らすための検査拡充論として主張されるとしたら僕は反対です。自由とは、そんなに安っぽいものではありません。コロナ禍で、自由や人権に対する私たちの根性、据わり方が試されているのです。僕だって感染の不安がないわけではないけれど、ここで譲ってしまったらおしまいだろうなという気がするんです。

*インタビューは【動画】でもご覧いただけます。

(聞き手=生田修平/日刊ゲンダイ)

▽いわむら・みつる 1950年、東京生まれ。74年、東大経済学部卒業後、日本銀行に入行、企画局兼信用機構局参事などを経て、97年退行。98年1月から早大教授(現職は大学院経営管理研究科)。近著に「国家・企業・通貨 グローバリズムの不都合な未来」(新潮選書)。

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