新日本プロレス ハロルド・ジョージ・メイ前社長<1>大好きだったザ・デストロイヤーの4の地固め

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 オランダ人ながら日本で長く活躍するプロ経営者、ハロルド・ジョージ・メイ氏。長年低迷していたリカちゃん人形、知名度の割に観客が減っていた新日本プロレスなど、これまで数々のブランドを育成、再生してきた。少年時代を日本で過ごした後、米国の大学で学んだメイ氏は、ビジネスに挑戦する場所として日本を選び、“日本と欧米の懸け橋”を担ってきたという。その道のりを振り返ってみよう。

 1963年、オランダで生まれたメイ氏は、小学校2年生だった1971年に、父母姉と一緒に来日した。父親が鐘紡(現カネボウ化粧品)の製菓工場長として役員に就任したことで、一家揃って横浜へ移住したのだった。

「父親はオランダでも製菓工場の技術者をしていました。日本からの誘いを受けて家も車も売り払い、もうオランダには戻らない覚悟で来日したと聞いています」

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