国立科学博物館長が語る「物事を長い目で考えるのか、短期的な投機か」…運営費不足でクラファン、9.2億円集め話題

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アップデートした情報を展示に反映する

 お金を稼ぐことと、博物館が本来担う役割は必ずしもイコールではない。

「日本における博物館は従来、社会教育施設としての役割を担ってきました。教育が根底にあるのです。教育的価値のあるコンテンツをつくるためには研究が欠かせません。科博の場合、所属しているのは学芸員ではなく研究員です。科学の進歩は極めて早いので、常に研究をしてアップデートした情報を展示に反映するサイクルをつくっておかなければ、科学博物館として成り立たなくなってしまいます。

 例えば恐竜ひとつとっても、十数年前とは違って、今では『羽が生えていた』というのが定説です。情報更新を担保しているのは標本です。こうした取り組みを資金面についても自助努力で支えなければならないのはつらいものがあります」

 標本や資料の収集・保存、研究は目先の利益の追求とは馴染まない。だからこそ、重要なのが「長い目で考える」ことだ。

「いま生まれたばかりの子どもや、これから生まれ育つ子どもは22世紀の世界を見ることになります。彼らが目の当たりにする世界をどう形作っていくか、今の私たちが考えて後世に伝えていかなければなりません。なぜ私たちが標本や資料を継承しなければいけないかといえば、それらが長い目で物事を考える材料だからです。

 例えば、科博で一番古い標本は江戸時代のもの。標本や資料を明治期から集め始め、関東大震災で壊滅したものの、帝室博物館に保存していた標本・資料を預かって昭和6年に現在の科博が設立されました。それから100年近くにわたり、標本・資料を集め続けてきたわけです。

 この作業を止めてしまうと、短い時間のスパンでしか物事を考えられなくなってしまいます。現在はインターネットやSNSの普及により、世界で何が起こったか瞬時に分かるようになりました。しかし、『長い時間を知る』ことは容易ではありません。博物館は人間の認知を広げていく作業を行っているのです」

 カネはかかるが、利益の出ない分野だ。

「100年、200年、300年とモノを集めたら、300年先の人間が何かとんでもない発明を考えてくれるかもしれないという可能性を、私たちは信じているわけです。今の時代だと、その瞬間に稼げるお金に対しての必要経費という見方をするので、稼げない分野に関しては、経費をかけるのをやめましょうという話になってしまう。長い目で考えるには、体力も知力も財力も必要です。それを必要経費と見るかどうか。人生100年時代において、長い目で物事を考えるか、短期的な投機を繰り返すのか。今は社会的なレジームチェンジが起きている過渡期なのでしょう」

▽篠田謙一(しのだ・けんいち) 1955年生まれ。京大理学部卒業。博士(医学)。専門は分子人類学。佐賀医科大助教授を経て、2021年から現職。著書に「江戸の骨は語る 甦った宣教師シドッチのDNA」「新版 日本人になった祖先たち DNAが解明する多元的構造」「人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの『大いなる旅』」など多数。

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