フェローズ 野儀健太郎社長(1)自分も世の中にインパクトを与えたいとリクルートに新卒入社
大学で熱中したのが準体育会系のテニスサークルで、キャプテンとして300人の部員を率いていた。
「昔からリーダーシップをとってチームをまとめることが好きでした。小中時代から学級委員長を務めていたし、高校では生徒会長でした。テニス部キャプテンも自分で手を挙げましたから」
卒業は1991年。すでにバブルは崩壊していたが、それでも景気はそれほど悪くなく、企業も新卒採用に積極的だった。金融系企業などに勤めるテニス部の先輩からも「うちに来い」と勧誘されたともいうが、入社したのはリクルート(現リクルートホールディングス)だった。
88年に発覚したリクルート事件は、政官のみならず産業界、メディア界を巻き込む騒動となり、創業者の江副浩正が逮捕されるなどリクルートが揺れに揺れていた時期だった。しかし野儀は、リクルートに勤めることにためらいはなかったという。
「周りからは反対されました。でも会社訪問などで出会ったリクルートの人たちがみな魅力的だった。生き生きとエネルギッシュに仕事をしていて、本当に世の中を変えられると信じていた。こんな方たちと仕事をして、自分も世の中にインパクトを与えたいと思いました」


















