朝日新聞・高橋純子氏 「安倍政権の気持ち悪さ伝えたい」

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 新聞記者は、ウラを取って書けと言われるが、時に〈エビデンス? ねーよそんなもん〉と開き直る。政治部次長だった時に書いた朝日新聞のコラム「政治断簡」をまとめた著書「仕方ない帝国」(河出書房新社)が評判だ。キチッとした優等生の文章が当然の朝日において、時に〈『レッテル貼りだ』なんてレッテル貼りにひるむ必要はない。堂々と貼りにいきましょう〉とあおり、〈安倍政権は「こわい」〉と言い切る。テンポ良く、小気味いいが、もちろん、炎上も数多い。そんな名物コラムはなぜ、生まれたのか? 朝日新聞論説委員の高橋純子氏に聞いた。

■番記者慣例、森元首相への誕生日プレゼントを拒否

  ――毒づくような高橋さんのコラムは始まった当初から話題でした。中でも炎上したのが、「だまってトイレをつまらせろ」というタイトル。紙がないことを訴えても聞く耳を持たないのであれば詰まらせろと。強烈な安倍政治批判でした。あれが本のタイトルでもよかったのではないですか。

 あのコラムについて、「中学生みたいな文章を載せるな」「次長ともあろう人がなんて下品な」といったお叱りを読者からたくさんいただきました(笑い)。トイレの話は私が考案したテーゼではなく、船本洲治氏という活動家が編み出したもの。さすがに本のタイトルに使わせていただくのは美しくないと思いました。

  ――“名物記者”だったと聞きました。森元首相の番記者時代に慣例だった誕生日プレゼントを拒否したそうですね。

 西部本社の社会部から2000年に政治部に異動しました。政治部特有の“しきたり”を知らず、自分では当たり前の疑問を森元首相にぶつけて記事を書いていたら、ある日、「君の質問には答えたくない」と言われました。メディアと森元首相との当時の対立をご存じの方も多いと思います。いくら「有志で」であっても、さすがに誕生日プレゼントを渡すのはよくないと思ったんです。

  ――それにしても、お堅い朝日のイメージからはかけ離れたコラムです。

 それまでは論説委員として社説を担当していました。「政治断簡」はストレートな永田町の話題を取り上げることが多かったのですが、私を筆者に加えようとした上司には、永田町の外の社会と政治記事をリンクさせる意図があったのかもしれません。

  ――社説も担当していたんですか。

 そうなんです(笑い)。「~ではあるまいか」などとかしこまった文章を書いておりました。社説は政治家や官僚に向けたものが多く、政策や法律に照らした内容が多かったですね。

  ――政治断簡とは、随分文体が異なります。

 政治断簡は、ひとりでも多くの読者に自分の言葉が届いたらいいなと思って書いています。そのためには、もっともな内容をもっともらしく書いても、読者には届かない。読者に読んでもらうには身体性のある表現が必要だと思っています。

  ――身体性とは?

 極端に言うと、論の精緻さよりも、筆者の感情を込めた文章です。筆者がこれだけ怒っているとか、うれしいとか悲しいとか、そういった表現が今の新聞には失われているように思います。社説を書いている時から、筆者の体温が感じられるように書くことが大切だと考えていました。

  ――それで独特の文体が生まれたのですね。

 08年に休刊した月刊誌「論座」で編集を担当していた頃、うまいのにつまらない文章をたくさん読みました。私は「ヘタでもいいから死んでもこれだけは言いたい」という気持ちを伝えられたらと思っています。

人間の醜い感情を利用した「分断化」社会

  ――コラムがああいう表現になったのには、安倍1強政権だからこそのニーズや必然性があるようにも思います。言葉のすり替え、ごまかしが当たり前の安倍政権をバカ正直に論じてもはぐらかされてしまうというか。

 その通りです。安倍政権の振る舞いや政策を正面から論じても読者はピンとこない。政府もヘッチャラです。なぜなら、向こうは百も承知で「人づくり革命」「1億総活躍」をはじめとする、欺瞞的で、人間を道具扱いするかのごときキャッチフレーズを次々と繰り出してはばからないからです。欺瞞を正面から論破するのは難しい。だから「なんか嫌だ」「どっか気持ち悪い」などといった自分のモヤモヤした感情をなんとか言葉にして読者に伝えないと、権力に対峙したことにならないんじゃないかと思うんです。

  ――筆を走らせ過ぎると、“新聞の中立性”に目くじらを立てる人もいそうです。

 中立って、真ん中に立つことでも、両論併記でもないはずで、各人が「正しい」と思うことを発信し、議論したりせめぎ合ったりする中でかたちづくられるものではないでしょうか。なので、記事を読んだうえで目くじらを立ててくださるのであれば、うれしくはないけどありがたいですね。

  ――一方で安倍政権を手放しで応援する人も存在します。

 差別や憎悪、妬みといった、人間の醜い感情を巧みに利用した「分断統治」が行われている印象を持ちます。社会が分断化されてしまっているのです。もちろん、首相自身が差別的な言葉を口にすることはありませんよ。でも、いつからか、「反日」「国賊」といった、国によりかかって異質な他者を排除するような言葉が世にあふれかえるようになりました。権力を持っている人たちの振る舞いが暗にそうした空気を社会につくり上げ、メディアの批判も届きにくい状況があるように思います。

  ――そういえば、コラムでも〈安倍首相はつるんとしている。政治手法は強権的だが、相手と組み合うのではなく、ものすごいスピードで勝手にコロコロッと転がってゆく〉と書いてました。

 安倍政権はぷよぷよしたゼリーみたいなもので包まれている感じがします。いくら批判しても、吸収されたり、はね返されたりしてしまうもどかしさがあります。例えば、現状に不満を抱えた人たちの承認欲求を逆手に取って「動員」する。それが首相を包むゼリーのようになってしまっているのではないかと。そうした人の承認欲求は別の形で満たしてあげることこそ政治の仕事のはずなのに、人間のルサンチマンをあおって利用するなんて、政治家として絶対にやってはいけないことだと思います。

■「長い物には巻かれろ」でいいのか

  ――「1億総活躍」もそうですが、もともと軍国主義の歴史を背負った言葉を平気で使うところに、首相の姿勢が垣間見えます。

 安倍政権は「1億総活躍社会」のことを「包摂」と説明しています。しかし、私が取材した政治学者は、1億総活躍について「あれは包摂ではなく動員だ」と指摘していました。包摂とは、社会的に弱い立場にある人々を一定の範囲に包み込むこと。動員とは意味が全然違います。キチンと腑分けして見極めなければならないというのが、当座の私の結論です。

  ――1億総活躍と大衆動員する先に何があるのか。

 本のタイトルを「仕方ない帝国」としたのは、今の日本の“長い物には巻かれろ”という風潮に「本当にそれでいいの?」と問いかけたかったこともあります。動員されている人も、最初からモロ手を挙げて安倍政権を歓迎していたわけではないはずです。旧民主党政権が誕生した時は、「社会が変わるんじゃないか」と希望をもった人も多かったと思います。しかし、期待した民主党はダメだった。その後の東日本大震災から脱原発への動きも頓挫した。絶望と諦めが日本人の根底にはあると思います。でも、このまま「仕方ない」が続いていけば、結局、日本は何も変わらない。多くの人が自分の無力感を肯定しながら生きていくしかないんじゃないかなという気がします。

  ――本の中では「最後は金目でしょ」と言った石原元環境相の発言にも噛みついていましたね。

 あの発言こそが安倍政権の本質を表していると思います。カネさえ付ければ、どんな政治手法でもありだと考えているとしか思えないとてつもない言葉ですよ。あらゆることを損得の基軸に落とし込もうとする安倍政治が、私は嫌い、というか、なんか悔しい。だからといって、言葉を強めて批判的な記事を書けば、読者に届くわけでもない。記者として今の政権に対峙するにはどうすればいいのか、非常に悩ましく思ってます。

 (聞き手=本紙・岩瀬耕太郎)

▽たかはし・じゅんこ 1971年福岡県生まれ。93年に朝日新聞社入社。鹿児島支局、西部本社社会部、月刊「論座」編集部(休刊)、オピニオン編集部、論説委員、政治部次長を経て編集委員・論説委員を兼任。

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