【追悼】中西太さん…名伯楽の神髄を“一番弟子”だった元ヤクルト八重樫幸雄氏が語る

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 5度の本塁打王を獲得するなど、「怪童」と言われた元西鉄の中西太氏が11日に亡くなった。90歳だった。1971年のヤクルト日本ハム阪神などで監督、コーチを務め、臨時コーチを含めて幾多の選手を育てた。中西氏の「一番弟子」でその指導理論の継承者である元ヤクルト捕手の八重樫幸雄氏(71)に、名伯楽の逸話を聞いた。

  ◇  ◇  ◇

 現役時代、オープンスタンスを勧めてくれたのが中西さんでした。

 当時はコンタクトが合わず、縁アリの眼鏡をかけていた。眼鏡の縁が視界を遮らないよう、左肩を開いて打ってみたらどうかと。正捕手の座を掴むべく、マンツーマンで指導を受ける中、「おい、ハチ(八重樫氏の愛称)、これでダメだったら、一緒に辞めよう」と言われたことがあった。俺のせいで辞めさせたらトンでもないこと。一段と気合が入りました。試合で打ち続けると喜んでくれて、「もうちょっと続けよう。頑張ろう」と一緒に汗を流してくれる人でした。

 中西さんは決して、選手に自分のやり方を押し付けなかった。ある時、打撃に関してコーチから「若松(勉)もこうやっているんだから、おまえもやれ」と言われたことがあったのですが、中西さんはそのコーチに「そうじゃいけない」という感じで諭したくらいです。

 中西さんに教わった選手はみな、個性豊かですよね。阪神・掛布雅之オリックスイチローしかり。もともと良いものを持っていたとはいっても、まず長所を見極め、個々に応じた指導をする。その引き出しも豊富だったからこそ、才能が開花した。

 私がヤクルト二軍監督時代(97~98年)、中西さんが戸田に来てくれて、その後中軸として活躍した岩村明憲(現BC福島監督)を見てもらったことがあります。岩村はプロ1年目からバットのヘッドの使い方が抜群にうまく、最短距離でボールを捉えることができた。中西さんも「そこを伸ばしてやれ」という感じでした。

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