W杯最終予選 日本vsインドネシアで凄く驚いたり激しく落胆したことを話そう
それもそうだろう。当時の西が丘サッカー場はJリーグ創設以前だったので照明も暗く、ピッチの芝生も荒れ放題。観戦に訪れたファンも取材メディアも少なかった。「こんな貧弱なスタジアムで試合を組んだのは、インドネシアのサッカーをバカにしているのか」と思われても仕方がなかった。
それだけ当時の日本のレベルというのは、インフラも含めて東南アジアでも劣っている部分があった。
日本はホームでこそ北朝鮮とインドネシアに勝ったものの、アウェーでは北朝鮮に敗れ、香港とインドネシアとの一戦はスコアレスドロー決着となり、1次予選で敗退してしまった。日本が近年のW杯予選で1次リーグで敗退したのは、このイタリアW杯予選が最後となったが、当時の日本代表で指揮を執った横山謙三監督は「個の力で戦えなければアジアも勝ち抜けない」と日本サッカーに警鐘を鳴らした。
重箱の隅をつつくようだが、事実は事実として正確に後世に伝えなければならない。
同じように残念に思ったことがある。
インドネシア戦の後半途中にMF佐野航大が出場し、先発したMF佐野海舟との兄弟揃い踏みが実現した。