劇的に変化する世界のマラソン 「テレビを離れたランナー」はこれから沿道とどうつながるのか
大阪マラソンをテレビで見た。茶色のパッチを体中に貼った吉田響が、ペースメーカーを背に、35キロ過ぎまで先頭を突っ走った。「中山さんのようですね」という解説者の言葉が、オールドには寂しかった。中山竹通の先行はそんなものじゃなかった。
1980年代の黄金期、宗兄弟が知恵を集めて世界の扉をこじ開け、瀬古利彦は勝ちまくった。これら先輩たちをなぎ倒した中山は、爪先から着地する美しいランナーだった。
紙のように薄いシューズの時代、キック走法でのマラソンはアキレス腱の故障と背中合わせだったが、ラストの切れがないと自覚した中山は先行策に活路を求め、ベタ足から爪先走法に変えた。打倒瀬古だけではない。ダイエー陸上部の1期生が先頭を行けば、新興ダイエーのロゴが2時間、テレビ画面にさらされた。視聴率40%をはじき出した時代だから、オーナーの中内㓛は大いに喜んだ。
ランナーは美しくなければいけないと、鏡で、路傍の窓でフォームをチェックし、髪形のリーゼントも変えず……先頭に立つことには多くの意味が存在していた。


















