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権藤博野球評論家

1938年12月2日、佐賀県鳥栖市生まれ。鳥栖高からブリヂストンタイヤを経て61年に中日入り。1年目に35勝19敗、防御率1.70という驚異的な成績を挙げ、最多勝や沢村賞などタイトルを総ナメに。連投に連投を重ねる姿に「権藤、権藤、雨、権藤」の流行語が生まれた。68年に現役引退後は各球団の投手コーチを歴任。横浜で初の監督に就任した98年にはいきなりペナントを制し、38年ぶりの日本一に導いた。

私が佐々木朗希に「伝えたこと」と「伝えなかったこと」…先週コロラド州に行ってきた

公開日: 更新日:
エンゼル戦で今季2勝目(C)共同通信社

 これが、本来の力だろう。ドジャースの佐々木朗希(24)が日本時間18日のエンゼルス戦に先発し今季2勝目(3敗)。7回4安打1失点、8奪三振の好投で危なげなかった。今季8度目の登板にして、初の無四球。過去7試合で16四球(9イニングあたりの与四球率4.28)を与え、制球難が問題視されていた。

 実は先月、渡米して菅野智之が所属するロッキーズの本拠地・コロラド州のデンバーを訪ねた私は、対戦するドジャースの日本人3投手にも会ってきた。試合前のグラウンドで山本由伸と野球談議を交わしているところへ、向こうから佐々木がやってきたので「朗希!」と声をかけた。

「体も大きくなったし、球もよくなっている。あとは経験だけだね」

 はにかんで恐縮するだけの本人に、本当はこう続けようと思った。

「四球なんか気にするなよ。歩かせたって、塁を1つ与えるだけ。制球を気にして、甘い球を長打されるよりはずっとましだ。野茂英雄も松坂大輔もそうやって勝ってきたんだから」

 実はこれ、私が侍ジャパンの投手コーチを務めた2017年のWBCで日本代表投手陣に伝えた言葉でもある。

 昔の私は違った。長くコーチ、監督をやってきたが、投手が逃げたような投球で四球を出せば、マウンドで「バカタレ! 四球でいいなら、今のオレでも出せる。打たれたって、命まで取られやせん! 勝負せんか!」とカミナリを落としたものである。

 しかし、野球は変わった。パワー全盛、日本の打者でも当時とは比較にならないほど、長打力が増した。言わずもがな、メジャーはそれ以上だ。

「四球を与える勇気を持とう。四球を怖がって、ストライクを取りに行った球をガッパーンとフェンスオーバーされたら、そこで試合は決まってしまうかもしれない。イヤだなと思えば、1つや2つ塁を与えたっていい。そのあとを抑えるだけの力が君たちにはある」

 そう言って、日本代表の投手たちをマウンドに送り出したものだ。

 今のパワー野球を見るにつけ、私も考え方を変えたのだが、87歳になった今でも、そうやって自分をブラッシュアップしているつもりである。

 佐々木への言葉をのみ込んだのは、 

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