「プチッ!」と音がした右肘の激痛 それでも降板できなかった事情とTJ手術を拒んだワケ
大阪に戻って病院で検査を受けた結果、「右肘靱帯損傷」で「トミー・ジョン手術適応」と言われた。
当時、プロ野球の投手でトミー・ジョン手術を受けた経験があるのは数えるほど。リハビリも壮絶なものだと聞いていた。とてもじゃないが、手術を受ける気にはなれなかった。
当時は自身の血液から修復力を高める物質を抽出、損傷した靱帯に注射するPRPという保存療法もなかった。お灸、鍼、電気治療……ありとあらゆるものにすがったけれども効果なし。痛みに耐えながらその年、21試合に登板したことも患部を悪化させたかもしれない。1年くらいは痛みも炎症も取れなかった。翌年は9試合に登板しただけ。痛みが消えたのは靱帯損傷から2年後だった。
それでもトレードでヤクルトに移籍。95年から先発として3年連続で2ケタ勝ったし、速球が150キロをマークしたこともある。もちろん損傷の程度にもよるが、靱帯が傷ついたままでも、投げられることは投げられるのだ。
肘の靱帯を損傷したオリックスの宮城大弥と山下舜平大が、米国でトミー・ジョン手術を受けた。ロッテの種市篤暉は2020年に「パフォーマンスが落ちるならいまのうちに……」と言ってトミー・ジョン手術を受けている。手術はほぼ成功するようになり、リハビリの技術も格段に進歩した。選手の考え方も変化して当然だが、宮城や山下のニュースを耳にして現役時代に右肘靱帯を損傷した当時のことを思い出した。2人とも優れた投手だけに、元気な姿でマウンドに戻ってくる日を心待ちにしている。



















