「裏切り者」「金で動いた」…中京大中京から享栄へ、大藤監督が明かす“異例の転身”の真相
「最後の決め手は妻と娘」
「1年ほど悩みました。県外の学校なら、もっと早く決断できたかもしれません。親しい教え子5人にも相談しましたが、全員とも『もう一度、甲子園を目指してください』と背中を押してくれました。最後の決め手は妻と娘です。『裏切り者だとか、金で動いたとか、いろいろ言われるだろう。つらい思いをさせるかもしれない。それでもいいか』と聞いたら、『アンタが知らないだけで、もういろいろ言われてるんだから、やればいいじゃない』と言われまして(笑)。それで決心しました」
──中京大中京の学校側やOBとの間にしがらみもありそうですが。
「学校からは『100周年を迎えるので残ってほしい』と言われたのですが、私の新たな夢を理解してくれた。理事長からはネクタイをプレゼントされ、『頑張ってください』と送り出していただいた。私自身、高校3年、大学4年を中京で過ごし、計34年もお世話になりました。中京には今も感謝しかありません。学校が変わっても、教え子たちは変わらず応援してくれているのもありがたいです」
──享栄では初、自身16年ぶりの甲子園。
「誰からどんなことを言われようと、自分のやるべきことをやり、結果で示すしかない。そう思って、享栄の選手たちと一緒に頑張ってきました。甲子園が見えたチームはこれまでにも2度ほどありましたが、あと一歩で勝ち切れなかった。ようやくここまで来られたという思いです。初戦は名門・履正社さんですが、甲子園に出てこなければ、こういう相手とは戦えません。せっかくの舞台です。選手たちには最後まで全力を尽くし、いい顔で野球をしてほしい。うちの子たちは本当に元気がいいので、享栄らしい野球を見せてくれると思います」
(聞き手=杉田帆崇/日刊ゲンダイ)


















