「引き受けるつもりだった」 張本勲さんの“巨人打撃コーチ”就任は幻に終わった
西武で常勝監督となった森氏を支えた参謀役が黒江透修氏(円内)だった。森氏は巨人監督就任の際は黒江氏をヘッドコーチに迎えるはずだった。
「私はダイエー(現ソフトバンク)監督の王(貞治)さんに呼ばれて、98年から助監督として福岡に行きました。その前年は森さんと同じく評論家でした。ある日オリックス戦が行われる神戸で森さんから『おい黒、おまえ、またチャンスがあったらユニホームを着る気があるか。もしどこかの球団から話があったらオレに言ってくれんか。すぐに返事をするなよ』と言われたのです。その年のオフ、王さんから誘われたので森さんに連絡すると、『会ってもいいけど、すぐに返事をするなよ』と言われました。おそらくその頃は巨人ではなく、横浜から監督の要請があったのではないか」
黒江氏がダイエー助監督としてスタートを切った98年の夏。再び森氏から電話があり、こんなやりとりをしたという。
「黒、ダイエーとは何年契約だ?」
「2年です」
「何で1年契約にしなかったんだ!」


















