著者のコラム一覧
野田康文近代文学研究者

1970年、佐賀県生まれ。著書に「大岡昇平の創作方法」。「KAWADE道の手帖 吉田健一」「エオンタ/自然の子供 金井美恵子自選短篇集」などの論考や解説も手掛ける。

自分しか知らない“相手の魅力”を思い出せば縁はつながる

公開日: 更新日:

「痴人の愛」谷崎潤一郎全集 第11巻

 昨年は文豪・谷崎潤一郎の没後50年、そして今年は生誕130年だ。2年続けてのメモリアルイヤーに、30年ぶりの新全集が昨年から順次刊行されている。

 文豪といっても、谷崎の作品には漱石のような深刻さはなく、どうかするとサド・マゾまがいのエロ小説と勘違いされていたりもするのだが、それでいて実は人生の深みに達してしまうのが谷崎流。その特徴がよく表れているのが「痴人の愛」だ。

 主人公の河合譲治は、20代にして高給取りのエリートサラリーマン。女性に対してはオクテだが、結婚相手には並々ならぬ理想を抱いており、その彼が目をつけたのが、15歳で、カフェの女給見習いをしていたハーフ顔の美少女ナオミだ。この少女を引き取り、「西洋人のように」という自分の理想の女に育て上げようと企てる。いわば光源氏作戦。そのために譲治は給料のほとんどをナオミの衣装や美食にあて、日々女らしく育っていくその体つきや表情を写真と一緒に日記帳に書き記していく。

 そしてついに予想以上に美しく成長したナオミを妻とするも、甘やかしすぎたナオミのぜいたくは手に負えなくなり、揚げ句に複数の男との浮気が発覚する。それでも譲治はますますナオミに溺れる。
 とはいえ初めてナオミの浮気を知ったときには、「自分の宝」の値打ちが半分以下に下がったと感じ、いったんは別れを決意する。

 そんなとき、例の日記帳の数々の写真に、他人は知らないナオミのさまざまな表情を思い出したり、ナオミの背中を剃りながら、そこに本人さえも知らない美しさがあったことを再発見したりすることで、ナオミへの愛と自信が回復していく――。

 夫婦や恋愛関係が危機を迎えたとき、自分しか知らない相手の魅力を思い出してみる。それを見つけられるかどうかが縁の分かれ目なのだ。一時の感情で早まらないために心得ておきたい決断の指標だ。(中央公論社 6800円+税)

【連載】人生ナナメ読み文学講義

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    安青錦は大関昇進も“課題”クリアできず…「手で受けるだけ」の立ち合いに厳しい指摘

  2. 2

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  3. 3

    マエケン楽天入り最有力…“本命”だった巨人はフラれて万々歳? OB投手も「獲得失敗がプラスになる」

  4. 4

    中日FA柳に続きマエケンにも逃げられ…苦境の巨人にまさかの菅野智之“出戻り復帰”が浮上

  5. 5

    今田美桜に襲い掛かった「3億円トラブル」報道で“CM女王”消滅…女優業へのダメージも避けられず

  1. 6

    高市政権の“軍拡シナリオ”に綻び…トランプ大統領との電話会談で露呈した「米国の本音」

  2. 7

    エジプト考古学者・吉村作治さんは5年間の車椅子生活を経て…80歳の現在も情熱を失わず

  3. 8

    日中対立激化招いた高市外交に漂う“食傷ムード”…海外の有力メディアから懸念や皮肉が続々と

  4. 9

    安青錦の大関昇進めぐり「賛成」「反対」真っ二つ…苦手の横綱・大の里に善戦したと思いきや

  5. 10

    石破前首相も参戦で「おこめ券」批判拡大…届くのは春以降、米価下落ならありがたみゼロ