著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

公開日: 更新日:

 書の師匠、巻菱湖が雪江の指南所にやってきて、雪江の教え子たちの前で筆を執るシーンがある。

 書くのはその日のお題である「禮」という字。いつもは酔っぱらっている菱湖だが、紙へ向かうと姿勢が変わり、ぴりぴりとした気迫が伝わってくる。ふっと、菱湖が息を抜いた瞬間、紙の上に浮かび上がるように、舞い降りるように、優しい水の流れにも似た「禮」の文字が現れる。雪江の教え子の中でいちばん生意気な卯美が素直に「きれい」と感嘆するほど、それは気品ある優美な字であった。書もまんざらではない、と思う瞬間である。こういう細部が素晴らしい。

 江戸時代後期、嫁ぎ先から離縁された女流書家・岡島雪江が筆法指南所(書道教室)を始める話である。なぜ自分は離縁されたのかという思いを背景に、教え子たちのさまざまなドラマを連作ふうに描いていく。

「一朝の夢」で松本清張賞を受賞して2008年にデビューしてから10年。梶よう子はただいま絶好調なので(いや、以前から傑作を書き続けている作家なのだが、最近はそれを高い水準でキープ)、今回もたっぷりと読ませて飽きさせない。ホントにうまい。特に、美形でありながら、頼りなく落ちつかない弟・新之丞のキャラがいい。

 梶よう子はいくつかのシリーズを持ち、それらのどのシリーズも新刊が待ち遠しいという稀有な作家で、これもぜひシリーズ化を望みたいが、はたしてどうか。

 (幻冬舎 1700円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    安青錦の大関昇進めぐり「賛成」「反対」真っ二つ…苦手の横綱・大の里に善戦したと思いきや

  2. 2

    横綱・大の里まさかの千秋楽負傷休場に角界から非難の嵐…八角理事長は「遺憾」、舞の海氏も「私なら出場」

  3. 3

    2026年大学入試はどうなる? 注目は公立の長野大と福井県立大、私立は立教大学環境学部

  4. 4

    東山紀之「芸能界復帰」へカウントダウン着々…近影ショットを布石に、スマイル社社長業務の終了発表か

  5. 5

    「総理に失礼だ!」と小池都知事が大炎上…高市首相“45度お辞儀”に“5度の会釈”で対応したワケ

  1. 6

    大関取り安青錦の出世街道に立ちはだかる「体重のカベ」…幕内の平均体重より-10kg

  2. 7

    日中対立激化招いた高市外交に漂う“食傷ムード”…海外の有力メディアから懸念や皮肉が続々と

  3. 8

    義ノ富士が速攻相撲で横綱・大の里から金星! 学生相撲時代のライバルに送った痛烈メッセージ

  4. 9

    同じマンションで生活を…海老蔵&米倉涼子に復縁の可能性

  5. 10

    独立に成功した「新しい地図」3人を待つ課題…“事務所を出ない”理由を明かした木村拓哉の選択