エーコの自作品解説も兼ねる講義録

公開日: 更新日:

「ウンベルト・エーコの小説講座」ウンベルト・エーコ著 和田忠彦、小久保真理江訳/筑摩書房 2300円+税

 本書は、一昨年84歳で亡くなったイタリアの中世美学・記号論・哲学と幅広い分野で活躍した世界的知識人にして小説家でもあるウンベルト・エーコが2008年10月5日から3日間にわたって米国エモリー大学において行った講義をもとにまとめたもの。エーコはこの講義のとき76歳だったが、初めての小説「薔薇の名前」が刊行されたのは1980年で、「小説家の仲間入りをしてからまだ28年しか経って」いないことから「若き作家」と銘打たれているわけである。

 講義は「1 左から右へと書く」「2 作者、テクスト、解釈者」「3 フィクションの登場人物についての考察」「4 極私的リスト」の4部からなる。1のタイトルは、「どのように小説を書いたのですか」と問われたときの答えで、エーコ一流のジョーク。ここではそうしたはぐらかしではなく、自作小説を引きながら、具体的な創作の舞台裏が語られている。2は、文学テクストと解釈の関係。3は、架空の人物であるアンナ・カレーニナに、なぜ読者は彼女の苦境を思って泣くのかという問いから、フィクションの本質に迫っていく。4は、「イリアス」の軍船表やジョイスの「ユリシーズ」第17挿話に代表される、文学における羅列・列挙の多彩な例を挙げながら、エーコの「リスト」への偏愛ぶりを開陳していて、本書の白眉でもある。

 全編にわたって(特に4では)、「薔薇の名前」「フーコーの振り子」「前日島」「パウドリーノ」などの自作への言及がふんだんになされていて、エーコ・ファンにとっては、うれしい作品解説となっている。また本書でもたっぷり言及されている、長らく待たれていた「女王ロアーナ、神秘の炎」の邦訳も、つい最近ようやく刊行された。すでに幽明境を異にしたエーコではあるが、こうした「新刊」が読めるのはこの上ない喜びである。

<狸>

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    日本は強い国か…「障害者年金」を半分に減額とは

  2. 2

    SBI新生銀が「貯金量107兆円」のJAグループマネーにリーチ…農林中金と資本提携し再上場へ

  3. 3

    巨人が李承燁コーチ就任を発表も…OBが「チグハグ」とクビを傾げるFA松本剛獲得の矛盾

  4. 4

    「おこめ券」でJAはボロ儲け? 国民から「いらない!」とブーイングでも鈴木農相が執着するワケ

  5. 5

    NHK朝ドラ「ばけばけ」が途中から人気上昇のナゾ 暗く重く地味なストーリーなのに…

  1. 6

    侍Jで加速する「チーム大谷」…国内組で浮上する“後方支援”要員の投打ベテラン

  2. 7

    石破前首相も参戦で「おこめ券」批判拡大…届くのは春以降、米価下落ならありがたみゼロ

  3. 8

    阿部巨人に大激震! 24歳の次世代正捕手候補がトレード直訴の波紋「若い時間がムダになっちゃう」と吐露

  4. 9

    ドジャース首脳陣がシビアに評価する「大谷翔平の限界」…WBCから投打フル回転だと“ガス欠”確実

  5. 10

    高市政権の物価高対策「自治体が自由に使える=丸投げ」に大ブーイング…ネットでも「おこめ券はいらない!」