古書店に行きたくなる本特集

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「雑誌渉猟日録」高橋輝次著

 一見、第一線から引退したかのような趣の本が古書店の棚から客に秋波を送っている。その秋波をキャッチした人は、ウサギの穴に落ちた不思議の国のアリスさながら、趣味的な、あるいは猟奇的な世界に突入していくのだ。しかしながらそれは、落ちてみたくなるアリ地獄かもしれない。

 岡山から送られてきた古書の目録に、「柘野健次『古本雑記―岡山の古書店』」があったので注文して入手した。出久根達郎氏が序文に、「世間にはたくさんの古書収集記が出ているけれど、柘野さんのこれは、初めて古本を買った少年のように、ういういしい」と書いている。柘野氏は岡山で30年余り、古美術書、伝記、文学書などの古本漁りを続けてきたが、自分が訪れた古書店やその店主らについてのエッセーが収録されている。

 勤務先の県庁の近くに南天荘書店があったが、12時のチャイムが鳴ると職場を飛び出して南天荘に行き、何冊か買うと定食屋で食事をかきこんで職場に戻るということを繰り返したという。

 他に、古本祭りで母校の六甲学院の校内誌「六甲」を発見、執筆したことも忘れた自分のエッセーに出合った話など、マニアックな雑誌の話題を満載。 

(皓星社 2000円+税)


「太宰婚」駄場みゆき著

 初めてパソコンを買った日、「太宰治」で検索して、「human lost」というHPに出合った。管理人RRの画像を見て、著者は恋に落ちる。1999年の桜桃忌に太宰の墓に手を合わせる青年を見て、RRくんだと確信した。その後、2人は結婚し、2人で桜桃忌に参加するようになったが、桜桃忌の後、日常に帰る前に、もう少し太宰の世界に浸れる時間と場所が欲しいと思った。夫の答えは「ありでしょ!」。

 京都の自宅から夜行バスで早朝、三鷹に着き、不動産屋巡りを重ねて、三鷹通りの路面店を見つける。そして、2002年、古本カフェ「フォスフォレッセンス」をオープン。その日、トラックに本を積んであちこちで販売するブックトラックの松浦弥太郎さんが来店した。

 太宰の没した街で古本カフェを開いた夫婦の物語。

 (星雲社 1100円+税)

「古本屋散策」小田光雄著

 数年前、著者が骨董市で入手したのが、大正14年発行の「御愛読趣味家鑑」。納札、絵ハガキ、商標、切手、土俗玩具、古銭などのコレクターの全国名簿らしい。「趣味の燐票」「万国通信世界」「愛書趣味」といった雑誌とその主幹が紹介されている。大正期にはそれぞれの趣味の世界が全国的な広がりを持っていて自立した出版活動をしていたのに、高度成長期にマスメディアに取りこまれ、趣味家たちの小宇宙は滅びてしまったのだ。著者は、バルザックの「幻滅」やゾラの「ごった煮」の翻訳をしていたが、主人公のあいびきの場である「パサージュ」を見たことも体験したこともなかったので、想像もできなかった。しかし、長年探していたパサージュの写真や図版を収録したビジュアル本をようやく手に入れることができたという。

 バタイユから「週刊アサヒ芸能」まで、めくるめく古書の世界が広がる一冊。

 (論創社 4800円+税)

「子供より古書が大事と思いたい」鹿島茂著

 フランスの「全国古本ガイド」で、トゥールには良い古本屋がありそうなことに気づいた。夢のようなフランスの城をまだ見物していないと家族に言われたので、ひそかにトゥールを組み込んだ「ロワール川沿いの城巡り4日間の旅」に出掛けることに。

 トゥール市内の店で、望み得る最高の状態の「19世紀ラルース」を発見。1万3000フランまで覚悟したが、店主の言い値はわずか6000フラン! 即購入して、翌日引き取りに行ったものの、全17巻、計75キロを超える「19世紀ラルース」はシビックのトランクに収まらない。しかたなく、下の子供を妻に抱かせて助手席に座らせ、上の子供を積み込んだ本の上に座らせて、城巡りの旅を続けた。

 古書と単なる古本の違い、フランスの本が仮とじになっている理由など、古書に関するウンチクを満載。

 (青土社 2200円+税)


「古書古書話」荻原魚雷著

 タレントの岸部シローは古本マニアである。子母沢寛原作のテレビドラマ「父子鷹」に出演したことがきっかけで、原作を読んで夢中になり、明治文学の、とりわけ夏目漱石に耽溺するようになる。当時の雰囲気を感じながら読まなくてはいけないと思い、アパートの8畳1間を借りて「漱石山房」と名付ける。

 漱石山房にいるときは電気やガスを使わず、火鉢に炭をおこし、和服で過ごすという凝りようである。その後、芥川龍之介や永井荷風の初版本を集めるようになり、蔵書の中には「吉田健一著作集」全20巻もあったのだが、情報番組の企画で、風水に詳しいタレントが運気を上げるという名目で売ってしまった。数年前まで15万円くらいだったのに、買い取り価格は640円だった。(「岸部四郎の古本人生」)

 他に、SMに市民権を与えた団鬼六の話など、興味深い本の話題がいっぱい。 

(本の雑誌社 2200円+税)

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