著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「地べたを旅立つ」そえだ信著

公開日: 更新日:

 前代未聞のミステリーである。なにしろ、目が覚めたら掃除機になっているところから始まるのだ。正しくは「スマートスピーカー機能付きロボット掃除機」だが、こんなミステリー、読んだことがない。

 なぜ掃除機になってしまったのか、その理由はわからない。そんなことを知ったところでどうにもならない。問題は、ここからどうするか、ということだ。

 彼はまず、小学5年生の姪を、義父のDVから守らなければならない、と考える。姪のいる小樽まで急いで駆けつけないと、また義父の暴力の犠牲になってしまう。そんなことは許せない。というわけで、札幌から小樽まで、掃除機男のロードノベルが始まっていくのである。

 ロボット掃除機だから、動けるんですね。途中で充電(!)したり、老夫婦と会話(!)したり、掃除機男の冒険の始まりだ。この手のものの面白さは、私たちが見過ごしているものを教えてくれる点にある。たとえば、ロボット掃除機の視点、つまり地べたすれすれの低い位置から街を見ると、どう見えるかということだ。私たちからすればどうということもない段差も、彼にとっては越えることの困難な壁なのである。

 だから掃除機男の旅は、アクシデントの連続で、円滑には進まない。次々に襲ってくる困難をいかに乗り越えていくか、そのディテールがとにかく楽しい。

 (早川書房 1700円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

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