著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「心淋し川」西條奈加著

公開日: 更新日:

 人情小説に善意あふれる人間が多く登場するのは、社会の底辺で生きる人々がみな、善人ばかりという理由ではけっしてない。そうして助け合わなければやっていけないからである。そういう悲しく、厳しい現実を背景に、人情小説は成立している。

 たとえば本書は、根津権現の裏手、千駄木町にある長屋を舞台にした連作集だが、その差配の茂十は、それが彼の仕事とはいえ、なぜ親切なのか。それが明らかになるのが、巻末に収録されている「灰の男」だ。この最後の短編には、そこまでの短編に出てきた人物が総登場して、それぞれのその後の人生の行方を描いているが、ここで初めて茂十のドラマが明らかになる。

 茂十の本名が、久米茂左衛門であること。町奉行所同心の家に生まれ、八丁堀で育ったこと。その男がなぜ、吹きだまりのような、どぶ川沿いの長屋の差配をしているのか。その理由をここに書いてしまうと読書の興をそぐことになるので、ここでは明らかにしないけれど、彼もまた淋しさとむなしさを抱えた男であったのである。その心のよどみが、長屋の住人たちへの接し方につながっていたことを私たちもここで知るのだ。

 仏像を彫ることを喜びにする女性を描く「閨仏」、若い紋上絵師との恋を描く表題作なども印象に残るが、表題作のヒロインのその後は、最後の一編「灰の男」でさりげなく描かれている。

(集英社 1600円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    今オフ日本史上最多5人がメジャー挑戦!阪神才木は“藤川監督が後押し”、西武Wエースにヤクルト村上、巨人岡本まで

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希にリリーバーとしての“重大欠陥”…大谷とは真逆の「自己チューぶり」が焦点に

  3. 3

    日本ハム最年長レジェンド宮西尚生も“完オチ”…ますます破壊力増す「新庄のDM」

  4. 4

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  5. 5

    初の黒人力士だった戦闘竜さんは難病で入院中…「治療で毎月30万円。助けてください」

  1. 6

    陰で糸引く「黒幕」に佐々木朗希が壊される…育成段階でのメジャー挑戦が招く破滅的結末

  2. 7

    ドジャース佐々木朗希もようやく危機感…ロッテ時代の逃げ癖、図々しさは通用しないと身に染みた?

  3. 8

    ドジャース大谷翔平が“本塁打王を捨てた”本当の理由...トップに2本差でも欠場のまさか

  4. 9

    “条件”以上にFA選手の心を動かす日本ハムの「圧倒的プレゼン力」 福谷浩司を獲得で3年連続FA補強成功

  5. 10

    吉沢亮は業界人の評判はいいが…足りないものは何か?