「ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介」川瀬七緒氏

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 残された着衣にはすべての情報が詰まっている――。警察が見落とした遺留品から未解決事件に迫る、新機軸のミステリーが誕生した。

 主人公は東京・高円寺の商店街で小さな仕立屋を営む34歳の桐ヶ谷京介。この仕立屋探偵を生み出した著者も、服飾デザイナーの経験を持つ。「法医昆虫学捜査官」シリーズをはじめ、多彩なミステリーを生み出してきた著者が、自身の専門分野に正面から取り組んだ一冊だ。

「満を持して、という感じです。いつか書きたいと思いながら、他のシリーズに追われ、隙間が見つけられずにいたんです。『小説現代』に一挙掲載の話をいただいたときに、ここだ、と思いました」

 ある日、桐ヶ谷はテレビの公開捜査番組を偶然目にする。映し出されたのは、奇妙な柄のワンピースだ。それは10年前に殺された少女の遺留品で、犯人はおろか、少女の身元さえわかっていないという。この洋服を調べれば、少女の身元がわかるのではないか。彼には服飾に加えて、美術解剖学の知識があった。

「解剖学的な知識は、デザイナーやパタンナーには必要です。腕など、体の可動域を計算に入れて洋服を作るからですね。実際、服にできたシワを見ただけで、体幹が曲がっていると言い当てる人はいるんですよ。この本の桐ヶ谷はさらに一歩踏み込んで美術解剖学を学んでいて、人を見ると筋肉や骨が透けて見えたり、体の状態や、病歴までを見抜くんです」

 ビンテージショップで働く水森小春の力を得て、桐ヶ谷は、遺留品のワンピースが1950年代にアメリカではやった“アトミック”柄だと知る。なぜ少女が、そんな時代遅れの服を着ていたのか。2人の手にかかると、服は時空を超えて、多くを語りかけてくる宝の山と化す。

「服飾をテーマにするなら、現代の服より、ひと昔前の服を扱うほうがいいだろうと。というのも、昔の服のほうが情報量が多いんですよ。生地、糸、染料、ボタン……量販店ではなく、一つ一つ仕立てられた古着からは、いろんなことがわかるんですね。この本ではボタンがポイントになりますが、糸の情報も多く、糸から年代を推測することもできます」

 服が作られた年代、生地の産地、縫製した者のスキル、そして着ていた人の癖までを見抜く桐ヶ谷の眼力を、次第に警察は無視できなくなる。本書は遺留品捜査に新しい視点を提示している。

「未解決事件は多いですが、警察はおそらく、科学捜査しかしていないと思います。でも、遺留品に残された情報は未知数なわけで、見る人が見れば、明らかになることがあるのではないか。科学捜査とは別の方向から捜査できないかと、ずっと考えてきました」

 少女が着ていたアトミック柄は、主に貧困層が着る服だった。一着のワンピースが浮き彫りにする社会の格差、そして明らかになる現代の闇。桐ヶ谷と小春のコンビに警察、そこに個性的な職人たちが加わり、事件を解決へと導いていく。

「この本では、職人の問題と貧困の問題、2つを書きたいと思っていました。これまで桐ヶ谷は、服を見てこの子は虐待を受けているだろうとわかっても、どうすることもできずにいた。救えない命があったんです。そうしたある種の後悔の念が、今回の事件へと彼を駆り立てていったんでしょうね。警察とのつながりができたことで、今後は何とかできるのではないかという気持ちになっていると思います」

 シリーズ化が決定し、すでに次作に取り組んでいるという。誰にとっても肉体に最も身近な存在である服に、思いを馳せたくなる一冊だ。

(講談社 1705円)

▽かわせ・ななお 1970年、福島県生まれ。文化服装学院服装科・デザイン専攻科卒。服飾デザイン会社に就職し、子供服のデザイナーに。デザインのかたわら、2011年「よろずのことに気をつけよ」で第57回江戸川乱歩賞を受賞して作家デビュー。「法医昆虫学捜査官」シリーズ、「賞金稼ぎスリーサム!」シリーズ、「桃ノ木坂互助会」など著書多数。

【連載】著者インタビュー

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