「おいち 不思議がたり」あさのあつこ著

公開日: 更新日:

 日本初の公認女性医師は明治18(1885)年に医術開業試験に合格した荻野吟子だが(シーボルトの娘の楠本イネはそれより前に実質的な医療を施していた)、それ以前にも医学を志そうとする女性もいたに違いない。

 本書の主人公は、江戸の町で医者をやっている父のもとで病人に接するうちに自分も医療に携わりたいと思うようになった。しかも彼女には他人の苦しみに感応するという特殊な力があったのだ。

【あらすじ】おいちは16歳。母はおいちが4歳のときに亡くなり、以来父娘の2人暮らし。父の松庵は、もともとは大名のお抱え医者にと見込まれるほどだったがその身分を捨て、もう10年近く深川六間堀町の菖蒲長屋で町医者をやっている。治療を受けに来るのはほとんどが棒手振りや酌婦、小商いの商人といったその日暮らしの人々で、その場で薬礼を払ってくれるのは10人に1人といったありさまで、当然家の台所も火の車。

 そんな父娘を心配してしょっちゅう顔を出すのが亡き母の姉で、裕福な紙問屋に嫁いでいる伯母のおうただ。そのおうたがおいちに縁談の話を持ってきた。相手は鵜野屋という老舗の生薬屋の息子。20年前に松庵がその息子の直介の命を救ったという縁もあっての話だ。

 将来、父のように人の命を助けたいと思っているおいちは、縁談などにまるで興味がないのだが、直介に会ったとき、その背後に「苦しい、助けて」という女の姿が見えた。なんとかあの女の人を助けてあげたいと思うおいちは──。

【読みどころ】江戸時代にもおいちのように医学への道に憧れていた女性が何人もいて、そうした願いが明治以降に女性医師の誕生を促したのだろう。そう思えるほど、病気の人を助けたいというおいちの一途な思いが伝わってくる。 <石>

(PHP研究所 649円)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    新生阿部巨人は早くも道険し…「疑問残る」コーチ人事にOBが痛烈批判

  2. 2

    大谷翔平は米国人から嫌われている?メディアに続き選手間投票でもMVP落選の謎解き

  3. 3

    阿部巨人V逸の責任を取るのは二岡ヘッドだけか…杉内投手チーフコーチの手腕にも疑問の声

  4. 4

    大谷翔平の来春WBC「二刀流封印」に現実味…ドジャース首脳陣が危機感募らすワールドシリーズの深刻疲労

  5. 5

    巨人桑田二軍監督の“排除”に「原前監督が動いた説」浮上…事実上のクビは必然だった

  1. 6

    阪神の日本シリーズ敗退は藤川監督の“自滅”だった…自軍にまで「情報隠し」で選手負担激増の本末転倒

  2. 7

    維新・藤田共同代表にも「政治とカネ」問題が直撃! 公設秘書への公金2000万円還流疑惑

  3. 8

    35年前の大阪花博の巨大な塔&中国庭園は廃墟同然…「鶴見緑地」を歩いて考えたレガシーのあり方

  4. 9

    米国が「サナエノミクス」にNO! 日銀に「利上げするな」と圧力かける高市政権に強力牽制

  5. 10

    世界陸上「前髪あり」今田美桜にファンがうなる 「中森明菜の若かりし頃を彷彿」の相似性