「TVピープル」村上春樹著

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 著者が1990年に刊行したこの作品集に収められた一編に登場するのは眠れない女性だ。

 主人公の30歳の「私」は、もう17日間も一睡もしていない。夫も息子もそのことに気づいていない。大学生の頃、不眠症のようなものになったことはあるが、あのときは、不完全なまどろみが一日中あった。しかし、今回の不眠はあのときとは違う。

 眠れなくなった最初の夜、嫌な夢を見た。夢から覚め、足元の時計を見ようとした私はそこに立つ黒い影に気がついた。影はやせた老人だった。老人は何も言わず私を凝視していた。恐怖を感じた私だが、体が動かない。老人は手に持った陶製の水差しから私の脚に水をかける。しかし、私は何も感じない。悲鳴を上げるが、悲鳴は私の体の中で音もなく鳴り響くだけだった。

 その夜以来、私は眠れない。家族が寝つくとベッドを抜け出し、本を読んで過ごし、朝になると何事もなかったように義務として家事をこなし家族を送り出した。体と心が切り離された私は、やがて夜中にドライブに出かけるようになる。(「眠り」)

(文藝春秋 638円)

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