「国商」森功著/講談社

公開日: 更新日:

「最後のフィクサー葛西敬之」が副題のこの本を読むと、ボンボン的ひ弱さを持った安倍晋三の強固な突っかい棒がJR東海「総帥」の葛西だったんだなということがよくわかる。

 ゴリゴリの右派で中国嫌いの葛西の実像は意外に知られていない。丹念な取材によって著者はそれを明らかにした。

「ZAITEN(財界展望)」の2017年4月号が「JR東海『葛西敬之』の研究」という特集を組んだが、それによれば、同年2月10日にホワイトハウスで行われた日米首脳会談のニュースを見て、葛西はほくそ笑んだという。

「安倍さんは気難しいトランプを相手に上手にうちの高速鉄道プロジェクトを売り込んでくれた」

 経済産業省の官僚だった時代から葛西が“使える部下”と思ってきた首相秘書官(当時)の今井尚哉に指南してきた成果が表れたと葛西は満足だったのである。

「自分の目が黒いうちの開業」に固執したリニア中央新幹線もそうで、後継者の山田佳臣が記者会見で思わず「絶対にペイしない」と漏らしたほど無謀な計画なのに、安倍政権はその採算性を精査しないまま財政投融資の活用を決定し、2016年11月に5000億円が「固定金利0.6%、30年返済据え置き」というタダ同然の条件で実行された。さすがにこれには、経団連幹部から「葛西氏と安倍政権の癒着ぶりは度が過ぎている」と批判の声があがったとか。

 なぜ、葛西が政商を上回る“国商”という存在になっていったか。葛西がその名を知られるようになったのは、国鉄の民営化ならぬ「会社化」を目指す“改革”3人組の1人としてだった。

 表向きは“改革”だが、裏の目的は、それを進めた元首相の中曽根康弘が告白したように、社会党の支持母体だった国鉄労働組合、いわゆる国労潰しだった。

 そのために葛西は、禁じ手ともいうべき動力車労組(動労)を率いていた松崎明と手を組む。松崎は左翼過激派の革マルの副議長だった男である。しかし、民営化後は松崎と対立して、しつこく脅されることになる。

 目的のためには手段を選ばずの葛西の自業自得とも言える経過だった。

 安倍の後見人としての葛西は菅義偉とも親しくなり、菅と共にNHKを支配するようになった。「皆さまのNHKならぬ菅さまのNHK」を実現して国民をマインドコントロールするのに尽力したのは葛西だった。“葛西人事”といわれるその口出しは現在の岸田(文雄)政権にも及んでいる。最大の黒幕の正体がこの本であらわになった。 ★★★(選者・佐高信)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    ドジャース佐々木朗希に向けられる“疑いの目”…逃げ癖ついたロッテ時代はチーム内で信頼されず

  2. 2

    ドジャース佐々木朗希の離脱は「オオカミ少年」の自業自得…ロッテ時代から繰り返した悪癖のツケ

  3. 3

    注目集まる「キャスター」後の永野芽郁の俳優人生…テレビ局が起用しづらい「業界内の暗黙ルール」とは

  4. 4

    柳田悠岐の戦線復帰に球団内外で「微妙な温度差」…ソフトBは決して歓迎ムードだけじゃない

  5. 5

    女子学院から東大文Ⅲに進んだ膳場貴子が“進振り”で医学部を目指したナゾ

  1. 6

    大阪万博“唯一の目玉”水上ショーもはや再開不能…レジオネラ菌が指針値の20倍から約50倍に!

  2. 7

    ローラの「田植え」素足だけでないもう1つのトバッチリ…“パソナ案件”ジローラモと同列扱いに

  3. 8

    ヤクルト高津監督「途中休養Xデー」が話題だが…球団関係者から聞こえる「意外な展望」

  4. 9

    “貧弱”佐々木朗希は今季絶望まである…右肩痛は原因不明でお手上げ、引退に追い込まれるケースも

  5. 10

    備蓄米報道でも連日登場…スーパー「アキダイ」はなぜテレビ局から重宝される?