「自転車と女たちの世紀」ハナ・ロス著坂本麻里子訳

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「自転車と女たちの世紀」ハナ・ロス著坂本麻里子訳

 新型コロナウイルスの蔓延によって自転車の利用者が世界的に急増しているそうだ。温暖化対策、SDGsの面からも、自転車への人気は、コロナ禍の収束以降も継続するだろう。本書は、1880年代に登場した自転車の歴史の中軸に女性を据え、フェミニズムと自転車の密接な関係を描いていく、ユニークなサイクリング史だ。

 1897年、英国ケンブリッジ大学の広場では、女性に学位取得を許可する決議が否決となったことに狂喜した大勢の男子学生たちが、2階の窓から吊るされた自転車に乗ったブルマー姿の女性の人形を引きずり下ろしてズタズタにしていた。女性に学位を与えるなどとんでもないという怒りをその人形にぶつけたのだ。当時女性が自転車に乗る、しかもロングスカートでなくブルマー姿というのは破廉恥極まりないというわけだ。

 しかし、行動を制限され、コルセットとロングスカートという窮屈な格好を強いられていたヴィクトリア朝の女性たちにとって、自力で遠くへ出かけることができ、コルセットから解放されるのは自由の証しだった。女性が自転車に乗ると性的にふしだらになる、子供が産めなくなるといった誤った情報が飛び交う中、自由を求めて自転車を愛用する女性が増加し、保守層の反感を買いながらも自転車に乗りやすい服装も開発される。

 自転車は女性参政権運動を促進し、ナチス占領下のフランスでは偵察や運搬といったレジスタンス運動の強力な武器ともなった。占領下のパリでは、シモーヌ・ド・ボーヴォワールが同志サルトルとともに自転車で各地をめぐり、サイクリングによる解放と自由の感覚を味わい、後のフェミニズムや実存主義哲学の構想を浮かべていたという。

 現在でも一部のイスラム圏では女性が自転車に乗ることを禁止しているし、自転車競技においても格差が存在する。女性サイクリストの闘いはまだ続きそうだ。 <狸>

(Pヴァイン 2970円)


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