「パリ その光と影」鎌田遵著

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「パリ その光と影」鎌田遵著

 8年ぶりに観客が戻り、熱狂した夏季オリンピックの余韻も冷めやらぬ中、パラリンピックが始まり、世界中の視線は再びパリへと集まっている。

 本書はそのパリを舞台にした写真集。そこに写るのは、オリンピックでなくとも世界中から集まった観光客が行き交う、あの見慣れた風景とはちょっと異なる、もうひとつのパリの顔だ。

 撮影されたのはオリンピックを目前に控え、その準備に街中が沸きあがっていた頃だと思われるが、ページを開くとそこには、しっとりと湿り気をおびたように落ち着いた大人の雰囲気のパリの街並みが広がる。

 全編がモノクロ仕上げであるがゆえに一層そう感じられるのだろうが、ほとんどの写真に観光客どころかパリっ子まで、人影がない。

 まずセーヌ川を船でゆっくりと移動しているかのような視点で、修復が進むシテ島のノートルダム大聖堂が現れる。

 この季節のパリの空はオリンピック中継で見た抜けるような夏の青空とは異なり、厚い雲が低く垂れこみ、風景からは肌寒さまで伝わってくる。

 時折、差し込む美しい陽光が優しくセーヌ川の川面を輝かせ、その川面を建築資材を載せた台船がゆっくりと進む。

 昨秋、著者は二十数年ぶりにかつて研究生活を送っていたパリを訪問。その折に出会った女性から、晩冬のパリは雨ばかりでうんざりするが、「ときおりぶ厚い雲の隙間から射す柔らかな太陽の光には、冬が終わる前にしか見られない、ちいさな希望を感じさせられる」と聞き、その言葉に触発され、冷たく降りしきる2月の雨を見たくなって今年の晩冬にパリを再訪したという。

 セーヌ川を北に向かい、シテ島を右岸側から眺めると、シャンジュ橋の向こうにコンシェルジュリーが見えてくる。

 断頭台に送られる前の王妃マリー・アントワネットが投獄されていた施設だ。

 セーヌ川のほとりでは、カップルが抱擁を交わしており、それがなんともパリらしい。

 シテ島を中心にセーヌ川の川岸をじっくりと巡った後は、カメラは市街の北側に進む。

 パリに4つある凱旋門の1つ、サンドニ門をはじめ、17世紀に国王アンリ4世によって造られた、ボージュ広場に面した「王妃の館」や、ドーム屋根が印象的なフランス学士院、歴史の舞台となったバスティーユ広場にそびえる天使の像がのった塔、そしておなじみのエッフェル塔や重厚なパリ北駅、サンマルタン運河とそこに架かる太鼓橋など。若き日の思い出をたどり、街歩きをしているかのように次々と有名スポットが現れる。

 パリは、どこにカメラを向けても均整の取れた街並みで、世界一美しい街だと言われるが、著者は廃車の集積場やグラフィックにまみれた路地裏の建物など、パリのもうひとつの顔にもレンズを向ける。

 本書を手にしたら、行ったことがある人は再び、まだの人は一層、パリへの憧れが募ることだろう。 

(論創社 3080円)

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