「ガイドブックにない もうひとつの東京を歩く 東京社会科散歩」井上理津子氏

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「ガイドブックにない もうひとつの東京を歩く 東京社会科散歩」井上理津子氏

 東京の観光地といえば、銀座、浅草、芝、渋谷など華やかなエリアが定番。しかし、いわゆる観光スポットでもなんでもない下町や郊外にも知られざる“土地の物語”が眠っている。本書は、誰も観光にわざわざ行くことはないだろう東京の町を散策したルポエッセーだ。

「大阪から東京に居を移して10年経ち、東京の全体像が分かってきたなと生意気にも思っていたころだったんです。でも古くから在日の人たちが集住した町や、労働者が仕事を求めた町が、意外と身近にあると知り、いやいや東京のことを私は何も知らないな、と。歴史上あるいは現在進行形の形で、何らかの課題を持つ町もあると分かってきて、そんな町を私の目線で歩いてみたいと思ったのが、本書執筆のきっかけです」

 代表作「さいごの色街 飛田」は、遊郭の面影が残る大阪の風俗街のルポだ。働く女性らの姿をつまびらかにした異色作で、著者の目線とは「人間が好き」「入り込んで見る」の目線のこと。「自分では意識していませんが、『人の心の中に土足で踏み込んでいく』と揶揄されることの多い関西人の目線なのかもしれませんね」と笑う。

 長年東京に住む人でも、ほとんど行ったことがないエリアに“井上目線”で足を踏み入れる。

「最初に行ったのは羽田です。敗戦直後、空港と周辺がGHQに接収されたことは知っていましたが、3000人の住民に『48時間以内に退去せよ』と問答無用の命令が下っていたと現地で聞いて驚きました。町を歩くうち、実際に着の身着のまま退去を余儀なくされた人に会うことができたんです。騒然としている中、威嚇銃が放たれ、生きた心地がしなかったそうです。その後、茨城の遠縁に身を寄せ、7年後に羽田に戻ると町は一変し、『魚を取ったら、とりあえず食える』と職のない人たちが増えていたとも。そんな意外な話を次から次に聞くことができました」

 今はきらびやかな東京の表玄関となっている羽田空港だが、80年前の秘話がそこにあったのだ。

「日暮里の数キロ北の尾久に行ったときも驚きの連続でした。今は地味な住宅街ですが、戦前はラジウム温泉が湧く花街だったんですね。何よりびっくりしたのは、1942年4月に、東京初の空襲を受けた地だったこと。9人が爆死したのに、『損害軽微』とウソの報道がされたばかりか、戒厳令が敷かれたかのように土地の人たちは皆、その空襲について戦後50年以上も口をつぐみ続けた。99年から、区議だった女性らが掘り起こし運動を行ったため、秘めた歴史が明らかにされました」

 著者はその尾久で、掘り起こし運動に情熱を注いだ人たちや、名乗り出た体験者の話に耳を傾けつつ、「平和で穏やかな光景」とことさらに思えたという公園や道を歩く。古びたたばこ屋で、高度経済成長期以降のエリア事情を聴き出したり、屋外でリモート授業をする米国人英語教師と世間話をしたり。尾久のエリアの“今”も描写する。

 ほかにも、築地には90年代まで魚船が着き、船員たちで床屋とスナックが大繁盛していたこと。横田基地付近が若者の人気エリアとなっている一方、オスプレイが耳をつんざく音を立てて飛んでいること。吉原では、今も昔もさまざまな事情を抱えるソープ嬢が神社に参っていること……。掲載された14エリアのすべてが味わい深い。

「どの町も表と裏、陰と陽、気取りと生臭さを併せ持ち、歴史をつないできていると思いました。変化の早い東京ですから、5年後、10年後にこれらの町はどんな顔を見せるのだろうと、思いを馳せながら読んでもらえたらうれしいです」 (解放出版社 2420円)

▽井上理津子(いのうえ・りつこ) 1955年、奈良県生まれ。ノンフィクションライター。「さいごの色街 飛田」「絶滅危惧個人商店」「師弟百景」など著書多数。日刊ゲンダイに「本屋はワンダーランドだ!」連載中。

【連載】著者インタビュー

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