【人とつながる】共感は他者に対して「想像上の立場交換」
「共感」の思想史 坂本達哉著
麻のごとく乱れた社会。これを正すのは他人との共感とつながりだ。
◇ ◇ ◇
「『共感』の思想史」坂本達哉著
副題に「ヒューム、スミスから現代へ」。こりゃ手ごわそうだと思うが、読み始めると少しずつ、問題が見えてくる。いわく、「これまで近代の思想史は“自己愛”や“利己心”を軸に語られてきた」「近代とは自己の利益を最重要と考える人(エゴイスト)の集まりだ」と考えられてきた。マキャベリ、ホッブズ、ロック、ルソーと続く論争では個人の自由と自然権が最重要視される。アダム・スミスも市場経済において取引や交換の動機は利己心だと述べる。しかし著者は、スミスは市場を取り囲む社会においては利己心以外の原理で動くことを前提としていたという。
クラシック音楽鑑賞が少年時代からの趣味という著者は、レコードやCDでなくライブに出かけるのは演奏家と聴衆の間の「共感」を味わいたいからだという。「『共感』はいかなる意味でも利己的ではないし、堕落した文明人の偽善でもない」。スミスはそう主張する。共感は他者に対して「想像上の立場交換」をすること。それによって他人の身の上に起きたことを我がことと受け止める同胞感情すなわち共感が生まれる。なにかといえば論破と冷笑の現代に対する哲学の処方箋だ。 (岩波書店 1100円)
「バラバラな世界で共に生きる」朱喜哲著
「バラバラな世界で共に生きる」朱喜哲著
ヘイトの時代といわれる現代。本書が依拠するのがアメリカの哲学者リチャード・ローティ。彼は哲学においては反本質主義に立つポストモダン哲学の旗手でありながら、冷戦崩壊後のポストモダン的な空気の下でぐんぐんと変わってゆくアメリカに対しては批判的な守旧派のインテリという矛盾した立ち位置にあった。ローティはオバマやトランプが大統領になる前に亡くなったが、トランプ現象を予見したかのような見方を生前残していた。
労働者たちは政治家が低賃金も雇用の流出も止めないことに気づき、こぎれいな郊外に住むホワイトカラーが社会保障税などまっぴらだと利己的に考えていることにも気づくだろう。そのとき「強い男」が出現し、労働者たちに「せこい官僚、ずるい弁護士、高給取りの証券マン、そしてポストモダンかぶれの大学教授といった連中にはもはや二度と思い通りにさせない」と約束するだろうと言った。
著者はローティの哲学を紹介しながら、他者とのつながりを失ったポストモダンな現代を批判し、「リベラル」再建の意義を説いている。 (NHK出版 1023円)
「なぜ人は挨拶するのか」鳥越覚生著
「なぜ人は挨拶するのか」鳥越覚生著
ちかごろの若い社員はヘッドホンで出社し、あいさつの一言もいわない。そう嘆く中高年世代なら、まさにこの本を歓迎するだろう。本書は「挨拶を日本語で哲学する」試み。第1章では「こんにちは」、第2章では「おかあさん」、第3章では「いただきます」……と日常生活の中で誰もが口にするあいさつを考察する。
その素材は、くまのプーさん、まど・みちおの詩、「ノンちゃん雲に乗る」など誰もが知る童話のほか仏僧の随筆や小津安二郎の映画「お早よう」など実に広い。哲学の専門書のような硬いことばを極力避けて、中学生いや小学生にもわかるような丁寧でゆっくりした思索を心がけていることがうかがわれる。
能力主義が唱えられ、オンラインで万事すませるのがよいこととされ、それがスマートな現代人の在り方とされる中、いつのまにか無視されつつある「おはよう」や「こんにちは」を自然なかたちで蘇らせようとする中年哲学者の静かな挑戦の書。 (筑摩書房 990円)



















