【日中関係】習近平政権では成長率は右肩下がりに
「日中外交秘録 垂秀夫駐中国大使の闘い」垂秀夫著 城山英巳聞き手・構成
北京映画祭に日本作品が招待されず、中国の反日姿勢はますます鮮明だ。元外交官たちが語る日中関係。
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「日中外交秘録 垂秀夫駐中国大使の闘い」垂秀夫著 城山英巳聞き手・構成
「中国に物言う日本大使」として知られたのが著者。その回想録が本書だ。
著者によると外務省に入省以来、40年にわたって中国外交一筋の「チャイナスクール」。しかし大半の同僚キャリアが米欧での勤務経験を持つのに著者は北京、香港、台湾など中華圏ばかりで「異例中の異例」だという。世間では外務省の中国専門家は「媚中」などと白眼視されるが、著者は中国のむちゃ振りにも動じず、むしろ冷静にやり返して相手を煙たがらせる。そういうエピソードが満載され、「戦狼」とあだ名のある強気のスポークスウーマンをたしなめ、「絶対に怒らない」が定評のはずの外交部副部長の独善ぶりに一歩も引かなかった例が実名入りで紹介される。
著者によれば「豊かさ」を追求したのが鄧小平から胡錦涛時代だが、中国の経済成長は2007年にはピークに達しており、12年に発足した習近平政権では成長率はおおむね右肩下がりに転じ、汚職や格差や環境汚染など成長につきもののゆがみが顕在化した。それを乗り切るために習近平は「強国」主義を持ち出し、国民の自尊心をくすぐると同時に歴史的な「被害者意識」を武器に「力の信奉」を徹底したという。「小さな頃からやんちゃな性格」と自認する通りの武勇伝。
(文藝春秋 2750円)
「日中関係 敵か友か」劉傑、中村元哉著
「日中関係 敵か友か」劉傑、中村元哉著
1972年、田中角栄政権のもとで実現したのが「日中国交正常化」。まさに戦後日本外交の絶頂のひとつだったと言ってよいだろう。以来、自民党の中には中国との太いパイプが生まれ、これが1990年代まで長く続いただけでなく、グローバル化時代に入ってからの中国の急速な技術的・経済的躍進の背景となったのである。現在の日中関係はこの時代とは正反対の暗い様相といわれるが、経済界にはこのときに築かれた両国間の関係は、たとえ一時的に苦境を経験したとしても本質的に永続すると考えている人々も多い。
本書はこうした「人脈外交」の意義を、今日のような「政治や外交の面では関係が冷え切り、双方の国民感情も悪化するという困難な現状」だからこそ再確認するのだ、という強い意志を感じさせる。「相互に深く結びついて『友人』として認め合ってきた両国が、いざ個別の政治問題が発生すると、途端に『敵国』のように相手を警戒し、厳しい言葉と行動で応酬するのはなぜなのか。一衣帯水と呼ばれてきた日本と中国は、果たして『敵』なのか、『味方』なのか」と問う。
明治の日中非対称の時代から始まりながらも困難を乗り越える信頼関係の模索を続ける日中。それを学術的に総覧した歴史書。
(東京大学出版会 3520円)
「世界史の中の明治維新 なぜ日本は『帝国』を目指したのか」加藤聖文著
「世界史の中の明治維新 なぜ日本は『帝国』を目指したのか」加藤聖文著
最後に紹介するのは歴史学者の著作。戦前の近代日本史を専門とする著者による、日中を含む東アジア国際関係史の視座で読み解いた日中近代史だ。
明治維新は19世紀のグローバルスタンダードだった「国民国家」へと古い日本が脱皮する号砲だったと著者はいう。日本はアジアで初の国民国家となったが、この革命をさらにアジアでなしとげようとする。朝鮮、ついで中国への進出がそれだ。そこで旧秩序の守護者たる清と衝突し、伝統的なアジア型の秩序を根底から破壊する。その背後には日本だけでなく、英米露のアジアへの思惑や中国・朝鮮の国内政治との関わりもあった。この複雑な経緯をアジアを舞台にした世界史の視座で見直すわけだ。
「ナントカ維新」は改革や新規まき直しを唱える時に持ち出されるが、著者はこれを目指すべき目標を見失った閉塞感の表れという。活力と成長力を失った社会につきものの「実体を伴わない」「空疎な言葉」だが、明治維新を成功体験のモデルにしようともくろむのは無意味。「明治維新はもう二度と起こりません」という。だからこそ歴史に漠然と憧れるのをやめ、未来への糧を歴史に見いだすのだ。
(SBクリエイティブ 1155円)



















