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二田一比古ジャーナリスト

福岡県出身。大学卒業後、「微笑」(祥伝社)の記者に。その後、「Emma」「週刊文春」(ともに文芸春秋)をはじめ、多くの週刊誌、スポーツ新聞で芸能分野を中心に幅広く取材、執筆を続ける。フリー転身後はコメンテーターとしても活躍。

ギャラ安いが…芸人を惹きつける“吉本興業ドリーム”の実態

公開日: 更新日:

 テレビで芸人を見ない日はない。バラエティーから情報番組まで多岐にわたるが、大半を占めるのは吉本芸人。すっかりお馴染みになった関西弁で個性を生かした笑いを取る。今や「吉本なくして番組はできない」とされるほどの勢力を誇る。

 吉本は創業100年を超える老舗。昔は関西の舞台やローカル番組を主体とし、東京のお笑い界とはすみ分けができていた。関西のお笑い界をほぼ独占していた吉本も、「大阪のコテコテの笑いは東京では受けへん」といわれていたが、東京進出は長年の夢だったという。

「東京から関西に出ていくと“都落ち”とみられていたが、関西から東京進出は全国制覇の道につながる」(在阪の放送記者)

 転機になったのが1980年代に放送された「オレたちひょうきん族」といわれている。当時はドリフターズの「8時だョ!全員集合」(TBS系)が土曜の夜の人気番組として定着していた領域に「楽しくなければテレビじゃない」のキャッチでフジテレビが制作したバラエティーだった。若手芸人ブームの真っただ中。関東の雄・ビートたけしと明石家さんま、島田紳助といった吉本芸人がタッグを組み、新しいお笑いの形で一大ブームを巻き起こした。特にさんまは「おもろいヤツ」と評価はさらにアップ。東京でも人気者になった。

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