音楽評論家・田家秀樹さん はっぴいえんど「風をあつめて」との出会い

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田家秀樹(音楽評論家/75歳)

 はっぴいえんど、松本隆、大瀧詠一……1970年代の音楽が今、改めてクローズアップされている。当時について語った著書も出版され、根強い人気になっている。彼らと時代をともにした田家秀樹さんの心に残る「一曲」は松本隆作詞「風をあつめて」……。

 ◇  ◇  ◇

 人生が変わったとまでは言い切れないかもしれないが、もしあの曲に出合わなかったら今のような仕事をするようになっていなかったことは間違いない。

 はっぴいえんどの「風をあつめて」である。

 71年11月に出た2枚目のアルバム「風街ろまん」の中の曲。すでに50年の時間が経っているにもかかわらず、まったく色あせない。むしろ時を重ねるにつれて存在感が増している曲だ。

 はっぴいえんどを初めて聴いたのは、その前年70年の夏だ。デビューアルバム「はっぴいえんど」が出る直前だった。僕は、69年の6月に創刊された日本で最初のタウン誌「新宿プレイマップ」の創刊編集者のひとりだった。

 発行は新都心新宿PR委員会。まだ四谷にあった文化放送が音頭を取って商店街や新宿に拠点を置く企業を束ねて街を若者向けにPRするために発足した団体である。委員長は作家でもあった紀伊國屋書店の社長、田辺茂一。スタッフは雑誌「話の特集」編集部にいた元新聞記者の編集長、本間健彦と事務局の女性1人という始まりだった。

 新宿はサブカルの街だった。フーテンやアングラ。音楽や演劇、そして映画。長髪の若者たちの新しい文化のうねりが始まっていた。

 その雑誌の座談会にデビュー前の大瀧詠一が登場した。顔ぶれは他に音楽プロデューサー、内田裕也、ザ・モップスの鈴木ヒロミツ、イベントプランナー、中山久民、司会はジャズ評論家の相倉久人。テーマは「ニューロック」。その中で交わされた議論のひとつが「日本語でロックは可能か」。ロックは英語で歌うものとされていた時代だ。その時の論争がのちの「英語日本語論争」の発端だった。

 はっぴいえんどの衝撃はデビューアルバムの1曲目「春よ来い」に尽きる。

 けいれんするようなギターと地を這うようなドラムとベース、家を飛び出してドロップアウトした若者のお正月の歌は、明らかにそれまでのポップスや歌謡曲とは違う鮮烈なリアリティーがあった。そうしたインパクトが決定的になったのが「風街ろまん」だった。

 新宿はサブカルの街だった、と書いた。

 でも、メジャーな音楽シーンでいえば70年の新宿はこの年の代表曲「新宿の女」を歌った「藤圭子の街」だった。五木寛之氏が彼女の歌を「怨歌」と呼んだように、行き場を失った屈折の吹きだまりでもあった。

「風街ろまん」はそうではなかった。大瀧詠一、細野晴臣、鈴木茂、松本隆。4人の音の隙間からは心地よい風が吹いていた。何より松本隆の「詩」があった。「風をあつめて」の中の「汚点だらけの靄ごし」「緋色の帆を掲げた都市」「摩天楼の衣擦れ」など「現代詩手帖」でもお目にかかれないような想像力をかき立てる言葉と、対照的に「夏なんです」のような平易な「ですます」調。「春よ来い」とは違う意味で「聞いたことのない歌」がそこにあった。

“あっち側”と“こっち側”に橋をかけた

 70年代の音楽業界は“あっち側”“こっち側”とに分かれていた。簡単に言ってしまえば、“芸能界”と“フォーク・ロック界”の違いである。メディアは“あっち側”が牛耳っており、“こっち側”の活動はラジオと音楽雑誌しかなくお互いが張り合っていた。

 はっぴいえんどはわずか2年余りの活動で解散。松本隆は作詞家としてチューリップの「夏色のおもいで」やアグネス・チャンの「ポケットいっぱいの秘密」のヒットを飛ばして“あっち側”に乗り込んでいった。

 僕は、「新宿プレイマップ」をやめて、文化放送の「セイ!ヤング」の月刊の機関紙「ザ・ヴィレッジ」を1人で編集する傍ら、落合恵子や、みのもんたらが担当する同番組やフォーク・ロック系の番組の構成作家をするようになっていた。

 吉田拓郎の「旅の宿」を書いた岡本おさみや、かぐや姫の「神田川」を書いた喜多條忠も同業だった。松本隆を筆頭に、“あっち側”にはいなかった作詞家の台頭に、同じような仕事をしていた僕のところにも「作詞をする気はないか」という打診が来るようになった。番組の台本の延長のようなものかもしれないと試みたこともあった。

 ところが、どう転んでも気づいたら「風をあつめて」と「夏なんです」になってしまう。真似にもならない。自分のやっていることが恥ずかしくなってすぐに諦めてしまった。

 総曲数約2100曲、1位獲得曲50曲以上。10位以内曲150曲以上。“あっち側”と“こっち側”に橋をかけてその境目を消滅させ、商業音楽の質を劇的に高めた松本隆はどんな作詞家なのか。彼の50年はどんな時間だったのか。

 64年の東京五輪で「東京」を奪われた“故郷喪失者”松本隆の最新作、2017年のクミコのアルバムのタイトルが「デラシネ」。つまり“根無し草”だ。

 スタジオジブリの機関誌「熱風」で19年から21年にかけて連載、KADOKAWAから書籍化された拙著「風街とデラシネ 作詞家・松本隆の50年」は、「人の作品を語ること」で曲がりなりにもここまで来た、あの時の自分に向けた答えでもあるのだと、これを書きながら、改めて思った。

▽たけ・ひでき 1946年、千葉県生まれ。音楽評論家。「セイ!ヤング」などの放送作家を経てNACK5の音楽番組のパーソナリティー。

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